第128話 勝負の時?

「ど、どうも、初めまして。

 せ、泉州ブラックスの高橋隆介と申します」

 僕は玄関口で直立不動の体勢から、体を90度曲げて挨拶した。

 

「初めまして。

 高橋隆介選手ですね。

 活躍はいつもテレビで見ていますよ。

 どうぞ、上がって下さい」

 彼女のお父さんは中肉中背で、40代後半と聞いていたが、30代と言われても違和感の無い年格好をしていた。


 今のところは暴走族の元総長だったようには見えないが、突然キレたりするかもしれない。

 言葉遣いには充分注意しないと。

 それでなくても僕は口下手だし。


「どうぞ、おかけください」

 僕は茶の間に通され、ソファーを勧められた。

 勧められるまま、ソファーに座ると、結衣も隣に座った。

 そして彼女のお父さんもテーブルを挟んだ向かい側の一人がけのソファーに座った。

「ご活躍はいつも拝見していますよ。

 私は昔から京阪ジャガーズのファンでしたが、娘の影響ですっかり泉州ブラックスのファンになってしまいました」


 確かに壁には泉州ブラックスのカレンダーや、球団旗、そしてサイン入りの僕のユニフォームが額に入って飾られていた。


「どうぞ、熱いので気をつけて召し上がりください」

 彼女のお母さんがコーヒーとお茶菓子をお盆に載せてやってきた。

 そしてそれらをテーブルに置くと、僕と結衣が座っているソファーと直角に配置している一人がけのソファーに座った。 

「今日はようこそ。

 主人も一度、高橋選手に会ってみたいと言っていたんですよ」

 

「き、今日はお休みのところ、お時間を頂き、ありがとうございます。

 本日はお願いがあって参りました」

 僕はソファーから床に移動し、正座した。

 

「単刀直入に申し上げます。

 ゆ、結衣さんと結婚させて下さい。

 必ず幸せにします」

 僕は正座したまま、頭を下げた。

 

「そんな。どうぞ、ソファーにお座り下さい。」

 彼女のお父さんが言った。

 僕は促されるままソファーに戻った。

 

「私と妻は結衣の事をいつでも信じています。

 その信じている結衣が選んだ男性です。

 だから私たちは貴方を信じるし、結衣の選択を心から支持します」とお父さんが穏やかに言った。

 

「こんなワガママな娘ですが、一生懸命育ててきました。

 末永くよろしくお願いします」とお母さん。


「ありがとうございます」

 僕は再び床に座って、頭を下げた。

「やっぱり体育系の方は、挨拶がしっかりしていますね。

 どうぞ、そんなに緊張せずにソファーに戻ってください」

 僕は再びソファーに座った。

 

「高橋選手とは直接お会いするのは初めてですが、結衣が高校時代の時には、甲子園にも応援に行きましたし、テレビでも見ていたので、全く初めて会った気がしないですね」

「ぼ、僕も結衣さんからいつもご両親のお話を伺っていたので、初めてお会いした気がしません」

「今度は高橋選手のお母さんと妹さんにもお目にかかりたいですね。

 結衣からはとても良いお母さんと、可愛い妹さんだと聞いていますよ。

 今度、会食でもいかがですか」


「はい、是非、よろしくお願いします」 

 うーん、母親はともかく妹にはくれぐれも粗相のないように言い聞かせないと。

 スイーツへの執着は恐ろしいものがあるので、ほっとくと全員のデザートを集めて食べかねない。


「まだバイクには乗っていらっしゃるんですか」

 場が和やかになってきたので、僕は聞いてみた。

「バイクですか?

 僕はこれまで乗ったことがありませんが」

「え?、結衣さんから昔、バイクが趣味だったと伺っていましたので……」

 僕は結衣の方を見た。

 結衣は両手を口にやって笑いをこらえていた。

 

「若い頃、ヒッチハイクの旅ならしましたけどね」

「じゃあ、暴走族の総長だったというのは……」

 結衣はいよいよ堪えきれなくなったようで、クスクスと笑っていた。

 

「暴走族の総長?

 はっはっは、結衣に騙されましたね。

 学生時代、千葉県に住んでいた時に、房総族というマラソンチームで早朝マラソンをやっていたので、房総族で早朝、というのは嘘じゃありませんけど」

 隣では結衣が涙を流して、笑っていた。


「家ではこんな娘なんですよ。

 外では猫被っているようですけどね」とお母さん。

 後で覚えていろよ。

 僕は横目でまだ笑い転げている結衣を見た。


 というわけで、無事、結衣との結婚をご両親に許して貰えた。

 明日からは練習の合間に、寮を出る準備をしないと。

 帰路、電車の車窓から流れる夕焼けの街を見ながらそう考えた。

 

 

 

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