第126話 待望の契約更改

 宮崎フェニックスリーグでは、セカンドとショートでほぼフル出場した。

 来季もトーマス・ローリー選手は残留見込みだが、バックアップ要員として、計算されているのだろう。


 その後は秋季キャンプ。

 今回は打撃練習中心のメニューをこなした。

 年々、打撃力は向上していると思うが、レギュラーを掴むには心許ない。

 長打力をもう少し付けたいということで、新任の葉山二軍にみっちりとしごかれた。

 

 葉山コーチは僕に何か恨みでもあるのかと、記憶を辿るくらい、それはそれは熱心に指導してくれた。

(僕の記憶ではこれまで一切、接点を持ったことがないと思うが……)


 これまでの経験上、守備練習やバント練習は、やればやっただけの効果を実感するが、打撃練習はなかなか効果を実感しずらい。

 今回、葉山コーチとバッティングフォームを少し変えたが、しっくり来ておらず、前の方がまだマシだったとさえ感じる。

 今オフはこれまで以上に素振りをして、新しいバッティングフォームをものにしたい。


 僕には一切関係の無かった、クライマックスシリーズ、日本シリーズが終わり、秋季キャンプを打ち上げると球界全体が束の間のシーズンオフになる。

 そして待望の契約更改だ。

 僕は12月3日に球団事務所に来るように言われていた。


 僕は新調した着慣れないダークスーツを着込み、黄色のネクタイを締め(鏡の前で小一時間格闘したが…)、いそいそと球団事務所に赴いた。ワクワク。


 球団事務所に行くと、記者とカメラマンが何人か待ち構えていた。

 誰か大物の契約更改があるのだろうか。


 僕は応接室に通され、部屋に入ると、パリッとしたスーツを着た中年男性が2人、入り口側のソファーに既に座っていた。

 その1人は確か長谷さんという、昔、泉州ブラックスで選手を引退後、コーチを経て、球団職員になった方であり、入団当初にもお世話になった。

 もう1人の方は、球場で見たことがあり、確か藤沢さんという名前だったと記憶している。

 

「失礼します」

「どうぞ、おかけになって下さい」

 僕は奥側のソファーに案内され、座った。

 

「今シーズンは飛躍の年になりましたね」

 席に座ると長谷さんが切り出した。

「ずっと一軍に帯同し、数字的にも大きく伸びましたね。

 チームとしても貴重な戦力として考えており、来季はより一層の飛躍を期待しています」

 

 その後、少し世間話をした後、藤沢さんが一枚の紙を取り出し、僕の前に置いた。

「来期の統一契約書です。

 内容をご確認下さい」


 僕は年俸の欄を見た。

 1,800万円。

 正直なところ、予想以上だ。

 一軍最低年俸の1,600万円位だと思っていた。

 今季から700万円の大幅アップ

 

「ありがとうございます」

 僕は喜んで判子を押した。

 プロ入り時の年俸が440万円だったことを考えると、随分上がったものだ。


 その後も球団施設に対する要望とか、少し話をして僕は退室した。

 その間は40分くらい。

 部屋を出ると、球団広報の梅林さんに別室に案内された。

 部屋に入ると、全部で10人以上の記者とカメラマンが待ち構えていた。

 

 僕は椅子に座り、幾つか質問を受けた。

「年俸はアップですか?」

「はい、上がりました」

「どのくらいアップしましたか?」

「かなり上がりました」

「一軍最低年俸は超えましたか?」

「はい、超えました」

「アップした分は何に使いますか?」

 僕は少し考えた。

「そうですね……。

 もうすぐ寮を出るので、そのために使います」

「寮をでると、車も必要になると思いますが」

「まだ免許を持っていないので、電車で通います」

 そうか、球場に通うことを考えると、新居は交通が便利なところにする必要があるな、と思った。

 

「来期の目標は?」

「はい。レギュラー獲得です」

「目標とする数字はありますか?」

「打率とホームランを今年の倍は打ちたいです」

「ヒットとホームランを今季の倍にしたいということですね。期待しています」

 そうか、間違えた。

 打率が倍になったら、打率.486。レギュラーどころの騒ぎでは無い。

 

「泉州ブラックスのショートは群雄割拠の状態にあると思いますが、その辺はいかがですか?」

「ぐんゆー、何ですか?」

「群雄割拠です。ライバルが多いということです」

「あー、そういうことですね。

 はい、勝ち抜けるよう頑張ります」

 というようなやり取りがあった。

 

 後からスポーツニュースを見たら、やり取りのほとんどはカットされており、僕の年俸は1,800万円(推定)となっていた。

 具体的な金額を言っていないのに、ピタリと当てられた。

 記者は凄いな、と改めて思った。

 

 

 

 

 

 

 

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