第115話 夏が来た

 早いもので季節はすっかり夏になり、シーズンも半分を過ぎ、オールスターの時期を迎えた。

 僕はもちろん選ばれるわけはないので、束の間の休みとなる。

(一応、入団5年目まではフレッシュオールスターの資格はあるが、順当に選ばれなかった。

 いいんだ。いつか本物のオールスターにでてやるから)

 とは言え、通年二軍降格候補筆頭の僕は呑気に休んでいる場合ではない。


 チームは最近好調で、72試合で34勝35敗、引き分け3で4位に付けていた。

 クライマックスシリーズ進出圏内の3位とは2ゲーム差。

 残り試合を考えると、充分可能性はある。


 ここまでの僕の成績は、37試合に出場し、50打数12安打の打率.240、ホームラン1本、打点6、盗塁7(盗塁死2)

 自己最高の成績を更新していた。


 僕はオールスター休みの間は、二軍施設に隣接する室内練習場で、トスバッティングや筋トレ、ランニング等を行い、コンディション維持に努めた。

 何しろこれから更に暑くなると、体調を崩しやすくなる。

 この季節はあまり無理をしないことが重要だ。


 後半戦の最初のカードは、静岡での古巣静岡オーシャンズ戦。

 何度来ても、駿河オーシャンスタジアムには懐かしさを感じる。

 球場の外壁や内装は青い空に映えるオーシャンブルーで統一されており、特に夏は天然芝との青と緑のコントラストが美しい。

 この球場で活躍したかったな。

 そういうセンチメンタルな気持ちも感じる。

(誤解が無いように言っておくが、泉州ブラックススタジアムもスタイリッシュで、好きである)

 

「よお、最近活躍しているようだな。俺も嬉しいよ」

 僕は静岡オーシャンズとのカードの初戦は、必ず試合前にベンチに挨拶に行く。

 黒沢選手に挨拶したら、このように声をかけられた。

 僕のことを気にしてくれているようで、ありがたい。

 

「あれ、どこかで見たことがある奴がいるな」

 自軍のベンチに戻ろうとしたら、後ろから声をかけられた。

 

「他人の空似じゃないですか。

 僕は初めてお目にかかります」

「そうだよな。

 俺の知っている奴は、永久二軍選手だから、一軍で会うわけないよな」

「その言葉、包装してリボンをかけて、熨斗つけてお返ししますよ」

 会話の相手は万年二軍のブルペン警備員の原谷さんだ。

 大卒入団5年目の崖っぷちであり、最後の思い出作りで、一軍に呼ばれたようだ。

 もっとも今年は狂い咲きと呼ばれており、既に1軍で5本のホームランを放っている。


「元気そうだな」

「原谷さんこそ。

 しかし、同期入団で一軍にいるのが、原谷さんだけというのが意外ですね」

「そうなんだよな。

 杉澤さんも谷口も調子落としているからな」

 

 杉澤投手はここまで2勝6敗、防御率4.93とこれまでの勤続疲労なのか、なかなか調子が上がっていなかった。

 谷口も好調の時期はあったが、その後は不調に陥り、打率.193、ホームラン2本で二軍落ちしていた。

 

「今日はスタメンではないのか?」

「はい。まだスタメンと言われていませんので、今日はベンチ警備です。原谷さんは?」

「俺もだ。今日のスタメンは前原さんだ。

 もし、お互い出場したら頑張ろうな」

「盗塁しても、刺さないでくださいね」

「わかった。盗塁するときは、事前に右手を上げてくれ。

 そうしたら、送球しないから」

 嘘つけ。刺す気満々のくせに。


 ということで、旧交を温めてベンチに戻り、試合前のミーティングに参加した。

 栄ヘッドコーチが今日のスタメンを発表した。

 

「1番ショート、高橋隆介」

 え?、聞いていませんけど。

 スタメン発表が終わった後、栄ヘッドコーチに聞いた。

「すいません。

 僕、今日のスタメン、聞いていませんでしたけど」

「そりゃそうだ。

 言っていなかったからな。

 朝比奈監督が、お前は事前に伝えると固くなるから、言わない方が良いと言っていた。まあ頑張れ」

「は、はい」

 何はともあれ、スタメン出場はありがたい。

 しかも後半戦最初の試合だ。

 幸先の良いスタートを切りたいものだ。

 

 

 

 

 


 

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