第114話 トランペットの音

 泉選手が一軍に昇格して、二週間が過ぎた。

 泉選手は昇格後、最初の試合でいきなり決勝のスリーランホームランを放つなど、当初は絶好調だった。

 しかしながら徐々に調子を落とし、ここまで10試合にスタメン出場し、30打数7安打、打率.233、ホームラン2本となっていた。

 

 僕はというと、このうち5試合に途中出場し、4打数1安打だった。

(シーズン通算では、31試合に出場し、39打数8安打、打率.205)

 既に過去最高の出場試合(30試合)を越えており、その点は嬉しいと思わないでも無い。

 だが打率は二割ギリギリであり、やはり打撃力を向上させないと、スタメン出場は増えない。


 僕が一軍に残っているのは、伊勢原選手が2軍でも打率二割台前半となかなか調子が上がらない事もあるだろう。

 そんなある日だった。

 

「高橋。ちょっと」

 新潟コンドルズとのホームでの試合前に栄ヘッドコーチに呼ばれた。

 昨夜の試合は久しぶりに額賀選手がスタメン出場したが、7回の打撃で右手首にデッドボールを受け、僕は代走から出場し、そのまま守備についた。

 

「何でしょうか」

「額賀の診断結果が出た。

 残念ながら骨折だ」

「ということは、伊勢原選手が昇格ですか?」

「いや。今回は瀬谷が昇格する」

「そうですか……」

 瀬谷選手は守備の名手であるが、打撃は不得意である。

 

「ということで、今日の試合はスタメンだから」

「マジっすか」

「マジっすよ」

 つい若者言葉がでてしまったが、栄ヘッドコーチがウィットに富んだ返しをしてくれた。

 

 やった。

 久しぶりのスタメンだ。

 ここはアピールして、スタメンに定着したい。

 

 今日のスタメンは以下のとおりである。


 1 岸(センター)

 2 金沢(レフト)

 3 トーマス(セカンド)

 4 岡村(ファースト)

 5 ブランドン(指名打者)

 6 水谷(サード)

 7 富岡(レフト)

 8 高台(キャッチャー)

 9 高橋隆(ショート)

 ピッチャー マイヤー


 よし恐怖の9番として、暴れてやろう。

 ちなみに新潟コンドルズの先発は、またしても北前投手。

 前回の対戦では2打数ノーヒットに終わっており、リベンジしたいところだ。


 試合は久しぶりに泉州ブラックス打線が奮起し、初回に3点を先制した。

 そして2回の裏の先頭バッターとして、僕の打席が回ってきた。

 

 僕が打席に入ると、観客席の様子がいつもと違う感じがした。

 というのも、僕には専用のテーマソングが無いので、僕の打席では汎用の応援歌が流れる。

 ところが今日は流れないのだ。

 どうしたんだろうと思って、バットを構えると、観客席から声がした。

 

「りゅーすけー」

 タンタンタタタン(太鼓の音)

 何だ、何だ?

「りゅーすけー」

 タンタンタタタン。


 僕は一度打席を外した。

 すると今度はトランペットの音が聞こえた。

 これは汎用の応援歌では無い。

 何だろう。

 

 僕は改めて打席に入った。

 すると集中したためか、トランペットの音が遠くなった。


 初球。

 北岡投手得意のカットボール。

 低いと思って見逃した。

 判定はボール。


 2球目。

 外角へのスライダー。

 うまくライト方向に流し打ちした。

 打球はライト前に落ちた。


 しかし、あのトランペットの音は一体何だったんだろう。

 そして打席に入った時の「りゅーすけー」という声。

 

 一塁ベースに立つと、一塁ベースコーチヤーの戸塚内野守備走塁コーチが僕に言った。

「お前にも専用の応援歌ができたみたいだな」

 え?、専用の応援歌?

 あのトランペットの音がそうだったのか?


 僕は岸選手の打席で、ツーボールノーストライクの3球目で盗塁を決めた。

 すると応援席からまたトランペットの音が流れた。

 歌詞はわからないけど、軽やかで良いメロディだ。

 僕は気に入った。


 この試合、僕は第4打席でもヒットを打ち、結局、4打数2安打と久しぶりにマルチ安打を記録した。

 試合も8対1と快勝し、僕は良い気分で寮に帰ろうとしたら、球団職員の方が通路にいた。

 

「高橋選手。

 新しいグッズができたよ」とその方は僕にビニール袋に入った、青いタオルを手渡してくれた。

 僕はそれを広げたところ、以下のような文章が書かれていた。


「打てよ、守れよ、走れよ

 光と共に、蒼き旋風

 高橋隆介」


「この文章は何でしょう?」

「これは私設応援団が作った高橋選手の応援歌の歌詞だよ。

 専用の応援歌がある選手については、グッズとして応援歌入りのタオルを制作するんだ。

 どう、気に入ったかい?」

 

 すごく格好いい。

 僕はすぐに気にいった。

 僕も専用の応援歌を作って貰える存在になった、と思うととても嬉しく思った。

 そして素晴らしい応援歌を作ってくれた、私設応援団の方々に感謝の気持ちを覚えた。

 是非、この応援歌に負けないように活躍したい。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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