第113話 二軍降格……


 今シーズンも早いもので50試合を終え、季節は6月になっていた。

 チームは21勝28敗1引き分けの5位となかなか調子が上がらなかった。


 投手陣はそこそこ頑張っていたが、今季は打撃陣が不調だった。

 セカンドのトーマス・ローリー選手が、チーム唯一、打率三割を越えていたが、主砲の岡村選手を初めとして、主力選手のほとんどが昨季よりも数字を落としていた。


 ショートで出場機会が一番多いのは、ルーキーの伊勢原選手だが、肉離れで戦列を外れて復帰後も調子は上がらず、打率.235、ホームラン4本だった。

 昨季までショートのレギュラーだった額賀選手も開幕から不調で、ここまで打率.215である。


 そして僕はというと、チームの試合数のおよそ半分の26試合に出場し、35打数7安打の打率.200、ホームラン1本、打点4、盗塁3だった。

 スタメンは6試合で後は途中出場である。

 過去最高の試合出場数(昨季の30試合)に迫っているが、僕の成績が良いというよりも、ショートのポジションを争う二人があまり調子が上がらないというのが正直なところだ。


 二軍では泉選手が三割を越える打率を残しており、打線の起爆剤として近々昇格するとの噂である。

 となると二軍に降格するのは……。 


「高橋、ちょっと監督室に来てくれ」

 その日のホームゲームの試合に敗れ(僕は出場機会がなかった)、帰路につこうとしたとき、栄ヘッドコーチに呼ばれた。

 やっぱり来たか……。


 僕は栄ヘッドコーチと一緒に監督室に入った。

 朝比奈監督は机に向かい、何かを書いていた。

 

「お呼びでしょうか」

「おう、高橋。何で呼ばれたかわかるか?」

 朝比奈監督が顔を上げて、僕の方を見上げた。

「はい。二軍降格でしょうか」

「何でそう思うんだ?」

「ショートを守る三人の中で一番打率が低いですし、先日の試合でエラーしましたし……」

「そうか。今、チームはなかなか調子が上がっておらず、起爆剤が欲しいところだ」

「はい」

「だから泉を昇格させる事にした」

「はい」

「泉はバッティングは良いが、守備は不安定だ」

「はい」

「だからお前は途中出場が更に増えると思う」

「はい?」

 二軍降格ではないのか?


「あのー」

「何だ」

「二軍降格ではないんですか?」

「何だ。二軍に行きたいのか?」

「いえ、滅相もありません」

「そうだろ。

 今回は伊勢原を落とすことにした」

 

 え?、意外だ。

 てっきり伊勢原選手は一軍にずっと帯同させて、英才教育をするのかと思っていた。

「伊勢原は最近、淡白な打席が多くなってきた。

 守備でも無難にはこなしているが、悪い意味でプロに慣れてきたように見える。

 一度二軍を経験し、少し意識を変える必要があると考えている」

 朝比奈監督は立ち上がった。

 

「俺がお前を評価しているのは、どんな時でも手を抜かない姿勢だ。

 試合に出ているときも、出ていない時も、練習でも、自分にできることを精一杯やろうとする姿勢が誰よりも見られる。

 この前のエラーも、普通なら届かないと諦めてしまう打球に飛びついて、結果的に二塁打にしてしまったものだ。

 お前のそういう姿勢が今のチームには必要だ。

 だから今の姿勢をお前が持ち続けている限り、俺はお前を一軍に置いておく」

 

「そういう事だから。

 明日からも引き続き頼むぞ」

 そう言いながら、栄ヘッドコーチが僕の肩を叩いた。

「は、はい。試合に出たら、これまで以上に精一杯やります」


 朝比奈監督がニヤリと笑って言った。

「前も言ったが、お前は普通で良い。

 あまり力が入りすぎると、逆に大きな失敗をしそうで心配だ」


 僕は監督室を辞して、帰路につきながら大きく安堵した。

 正直、二軍降格を覚悟していた。

 そして何よりも僕の野球に対する姿勢を評価して貰っていたのが嬉しかった。

 よし、明日からまた頑張るぞ。

 素直にそう思った。 

 

 

 

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