第112話 めげずに頑張ろうな

試合は6回を終えて、9対1。

 7回の表は、6番の金沢選手からの打順であり、ランナーが一人出たら、僕に回ってくる。

 相手投手はこの回から、左腕の江里口投手に変わった。


 と思っていたら、金沢選手はショートへの内野安打で一塁に出塁した。

 ノーアウト一塁。

 

 7番はスタメンは生田捕手だったが、ワンサイドゲームになってしまったこともあり、5回から高台捕手が入っている。

 高台捕手はあまり打撃が得意では無いが、ここは点差が開いていることもあり、積極策を取るだろう。


 初球。

 金沢選手はスタートを切った。

 もっとも相手捕手は点差が開いているので、投げなかった。

 この場合は盗塁は記録されない。

 この間の投球は低目へのストレートで、ストライク。


 2球目。

 高台捕手はバットに当てた。

 打球はセカンドへのボテボテのゴロ。

 ファーストへの送球の間に、ランナーは三塁に進んだ。

 これでワンアウト三塁。


 8番は6回裏から登板した丸山投手の打順のため、代打でブランドン選手が送られた。

 ブランドン選手はフルカウントから四球を選び、これでワンアウト一三塁で、僕に打順が回ってきた。


 僕はネクストバッターズボックスから、ベンチを見た。

 代打は無いようだ。

 ここまで2打数ノーヒット。

(2打席目は三振だった)

 1本欲しいところだ。


 初球。

 外角のストレートに手を出してしまった。

 一二塁間にゴロが飛んでいる。

 抜けてくれ。

 だが、平井が打球に追いついた。

 そしてクルリと体を反転させ、ベースカバーに入った一塁に投げた。

 僕は必死に一塁に走る。


 結果は?

「セーフ」

 送球がライト側に少しそれ、一塁カバーに入ったセカンドが手を伸ばして捕球したが、ベースから足が離れていた。

 僕は咄嗟にスコアボードを見た。

 記録は?

 青ランプ。ヒット。

 結果的にはタイムリー内野安打だ。


 僕は一塁ベースに立った。

 相手の一塁手は平井。

 意識しているのが見え見えだが、敢えて僕の方を見ない。

 ワンアウト一二塁間。

 二塁ランナーがブランドンなので、ここは盗塁はない。

 

 この回は次の1番岸選手がセンターフライ、2番の山形選手が三振に倒れ、追加点はならなかった。


 8回の裏、平井の第5打席。

 平井はここまで4打数ノーヒット。

 点差が開いているが、彼にとってはこの打席は一軍に残るための正念場だろう。

 ピッチャーは、浜投手。

 昨秋のドラフト5位で社会人から入団したルーキーだ。

 ストレートとツーシームのコンビネーションで打者を打ち取るのが、持ち味の右腕だ。


 初球。

 内角低めへのツーシーム。

 平井は手が出なかった。

 ストライクワン。


 2球目。

 外角へのストレート。

 これも入った。

 ストライクツー。

 おい、おい。

 ここで見逃しの三振なんかしたら、明日にでも二軍直行だぞ。


 3球目。

 今度は外角へのスライダー。

 外れてボール。

 これは外角への意識を植え付けるための見せ球だろう。

 ということは4球目はもちろん。


 4球目。

 内角低めへの直球。

 少し甘く入った。

 一閃。

 平井もゴリラであるが、プロではある。

 さすがにここまで見え見えの配球をされたら、打たないわけにはいかない。


 打った瞬間それとわかるホームラン。

 平井は僕の前を走り去るとき、軽く右手を握り締めて見せた。


 良かったな。

 正直、点差が開いており、大勢には影響はない。

 だが平井にとっては、ここで1本でるかでないかは、天と地くらいの差があるだろう。


 僕らはマウンドに集まり、浜投手に声をかけた。

 ラッキーパンチみたいなものだから気にするな、と。


 試合はそのまま熊本ファイアーズが勝利した。

 そして翌日、平井は一軍登録を抹消された。

 替わりに中継ぎ投手が一軍に昇格したようだ。

 僕は宿泊先のホテルのロビーで、読んでいたスポーツ新聞から顔を上げて、窓から見える景色を眺めた。


 平井。

 めげずに頑張ろうな。

 まだ高卒、入団5年目。

 お互い、伸び代はまだまだあるはずだ。

 僕は一度伸びをして、新聞を元の場所におき、今日の試合に出かける準備をするために部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

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