第108話 なかなかやるな

 僕はバッターボックスを出て、少し考えた。

 山崎は性格がねじ曲がっているので、人の裏を欠くことが好きである。

 だから僕以外の打者が相手であれば、どんな球を投げてきても不思議はない。


 しかしここは記念すべき、僕とのプロ初対決である。

 例え、僕からカーブで見逃しの三振を取ったとして、果たして嬉しいだろうか?

 最後は力で抑えに来るのではないか。

 

 山崎がマウンドから僕に掌全体で握ったボールを見せた。

 これを見て僕は確信した。

 ストレートが来る。

 僕はバッターボックスに入る前に、一度ベンチを見た。

 8球投げさせたので、仮に三振しても許して下さい。

 

 8球目。

 読み通り、真ん中低目にストレートが来た。

 凄く速く見える。

 ホームベース手前で浮き上がってくるようにすら見える。

 正に火の玉ストレートだ。

 懸命にバットを振った。

 芯に当たった。

 だが、バットは折れてしまった。

 打球は?


 僕は一塁ベース手前で、ボールがショートの頭を越え、レフト前で弾むのを確認した。

 レフト前ヒットだ。

 

 球速表示を見ると、161㎞/hと出ていた。

 僕が一塁ベースに到達すると、山崎がショートからのボールを受け取りながら、こっちをチラッと見た。

 微かに笑ったように見えた。

「なかなかやるな」

 そう言っているように見えた。

「お前こそ。すごい球だったぜ」

 僕も目で会話し、軽く右手を上げた。


 プロの舞台で、山崎と真剣勝負できたことは、幸せな事だと思う。

 山崎との関係は、友人とか仲間とかチームメートとか、そういう言葉では言い表せないような特別な関係だと思う。

 ライバルというのもちょっと違うかもしれない。

 

 山崎は1年生の頃から、チームのエースであり、入学当初から1年生らしくない尊大な態度であった。

 最初の頃は、同級生であっても、僕のような一般入部の選手(いわゆるパンピー)とは口も聞かなかった。

 

 僕は高校入学した時から、山崎を意識して、野球の技術を磨いてきた。

 いつかこいつの球を打てるようになりたい。

 こいつに僕の存在を認めさせたい。

 こいつに勝ちたい。

 そういう思いが、今に繋がっていると思う。

 山崎とはそういう特別な関係なのだ。


 これでワンアウト一塁。

 ここは先制点が欲しい場面なので、盗塁もあるか。

 僕は一塁ベース上から、ベンチを見た。

 サインは「打て」だった。

 打者がトーマス・ローリー選手なので、あまり小細工はしないかもしれない。


 初球を投げる前に、牽制球が2球来た。

 山崎も盗塁を警戒しているようだ。

 初球。内角低目へのカットボール。

 トーマス選手は見送ったが、判定はストライク。


 ベンチのサインは?

「盗塁」だった。


 2球目を投げる前に、また牽制球が2球来た。

 そして2球目。

 僕はスタートを切った。

 外角へのスライダー。

 トーマス選手は見送った。

 キャッチャーからの送球が来た。

 少し高いか。

 僕は二塁ベースに滑り込んだ。

 判定は?

「セーフ」

 リクエストは無いようだ。


 山崎は僕の方をチラッと見たが無表情であり、何を考えているかまではわからなかった。


 2球目は判定はボールだったので、カウントはワンボール、ワンストライク。

 3球目。

 トーマス選手は真ん中低目のカットボールを引っかけ、セカンドゴロ。

 僕は三塁に進んだ。


 しかしながら、4番の岡村選手は三球三振に倒れ、この回は終了した。


 1回の裏はジョーンズが三者凡退に抑え、2回の表裏もそれぞれランナーは一人ずつ出したものの、無得点に終わった。


 3回の表は、9番投手のジョーンズからである。

 ジョーンズは投手であるが、身長も190㎝以上あり、当たれば飛びそうな体格をしていた。

 だが全て見逃しの三球三振に倒れた。

 山崎の速球を打って、投球に影響が出ては困るという判断だろう。

 1番の岸選手も空振りの三振に倒れ、いよいよ僕の第2打席がやってきた。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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