第107話 世紀の対決?

 季節はゴールデンウィークを過ぎ、初夏の訪れを感じるようになった。

 この時期は交流戦がある。

 つまり普段試合をする事がない、シーリーグの各チームと試合をするのだ。

(1カード3試合で、計18試合)

 僕はこれまで、この時期は二軍にいたので、交流戦を経験するのは初めてである。

 交流戦の最初の対戦相手は、アウェーでの京阪ジャガーズ戦である。

 京阪ジャガーズには奴がいる。

 そう奴だ。

 

「おう、試合観戦か?」

「ああ、お前が炎上するのを見に来たよ。

 ベンチ最前列の特等席で、じっくりと見させて貰うよ」

「隆は出ないのか?

 折角、打たせてやろうと思ったのに」

「お前の球なんて、高校時代いっぱい見ているから、目をつぶってでも打てるさ」

「ほう。じゃあ体にめがけて投げるから、目をつぶって避けてみろ」

「やめてくれ。

 もう怪我をしたくない」

 

 相手は言わずと知れた高校時代のチームメート、山崎である。

 僕は奴に見つからないように、姿を潜めていたが、試合前練習の時に見つかってしまった。

 彼は3球団競合の上、京阪ジャガーズにドラフト1位で入団し、入団2年目からローテーション投手として定着している。

 性格は極めて悪いが、プロ野球選手としては一流になりつつある。

 今季も既に4勝(2敗)を上げていた。

 

「しかし隆も一軍選手らしくなってきたよな」

 同年代の他の人から言われると、上から目線のようでカチンとくるが、山崎はそういう奴だとわかっているので、腹も立たない。


 僕はここまで18試合に出場し、12打数2安打、打率.167だった。

 なかなかスタメンでは使って貰えないが、途中出場した試合では大きな失敗も無く、ここまで一軍で生き残っていた。

 

 ライバルの伊勢原選手は4月は好調だったが、ここ最近は弱点を執拗につかれ、打率は二割台前半まで落ちていた。

 一方、昨年までレギュラーの額賀選手も打率一割台と、やはり調子が上がっていなかった。


「明日の京阪ジャガーズの先発は、山崎か」

 5回の裏が終わり、明日の予告先発が発表されたオーロラビジョンを見ながら、栄ヘッドコーチが呟いた。

 僕は今日もベンチ警備と声出し係に任命され、一生懸命職務を果たしていた。

(今日のショートのスタメンは、伊勢原選手だった)

 

「明日、スタメンで出たいか?」

 栄ヘッドコーチが僕の方を向いて言った。

「はい。山崎の事はよく知っているので、自信があります」

「そうか。考えとく」と栄ヘッドコーチは言った。


 この試合、9回に僕は代走で出場したが、特に何もしないまま終わってしまった。

 

 試合は4対2で敗れ、これで泉州ブラックスは4連敗と調子を落としていた。

 打線も最近は湿ったままで、本来は強打のチームのはずが、チーム打率も.217となかなか調子が上がっていない。

 

「高橋。明日、スタメンだ。

 そろそろ結果を残さないと、二軍が待っているぞ」と試合後に栄ヘッドコーチに声をかけられた。

 そうだ。

 僕も崖っぷちだ。

 ファームでは泉選手が調子を上げており、起爆剤として僕と入れ替えるかもしれない。

 嫌だ。二軍には落ちたくない。


 翌日、試合前にスタメンが発表された。


 1 岸(センター)

 2 高橋隆(ショート)

 3 トーマス(セカンド)

 4 岡村(ファースト)

 5 水谷(サード)

 6 金沢(レフト)

 7 富岡(ライト)

 8 高台(キャッチャー)

 9 ジョーンズ(ピッチャー)

 

 交流戦でシーリーグのチームがホームの時は、指名打者が無い。

 よって投手が打席に入る。

 

 京阪ジャガーズの先発は、予告通り山崎。

 プロの舞台、しかも一軍で高校時代のチームメートと対戦できることは、やはり喜ばしい事だと思う。


 1回の表、早速僕に打順が回る。

 1番の岸選手は初球を打ち上げてしまい、ライトフライに倒れた。

 こういう場合、僕まで淡白なバッティングをすると、山崎を調子づかせてしまう。

 例え凡退するにしても、簡単に打ち取られないようにしないといけない。

 僕はそう考えながら、打席に入った。


 初球、真ん中低目にストレートが来た。

「ストライク」

 こいつの球、こんなに速かったか。

 球速は150㎞以上出ているが、それ以上に球の伸びがすごい。

 思わず、僕は仰け反ってしまった。


 僕は改めてバットを握り直した。

 2球目は内角へのカットボール。

 これも速い。

 見逃したというよりも手が出なかった。

「ボール」

 僕は安堵した。

 ストライクと宣告されてもおかしくない球だった。


 これでワンボール、ワンストライク。

 次は外角へのスライダーか。

 読み通り、外角へのスライダーが来たが、ややストライクゾーンを外れているように見えた。

「ストライク」

 え?、マジか。

 仕方がない。

 審判がストライクと言えば、それはストライクだ。


 次は内角へのカットボールか。

 読み通り、4球目は内角へのカットボールだった。

 ストライクゾーンぎりぎりに見えたので、僕はファールで逃げた。

 次は?

 外角へのスライダーだろう。


 またしても読み通り、外角へのスライダーが来た。

 これもストライクゾーンぎりぎりだったので、ファールにした。


 カウントはワンボール、ツーストライクのまま。

 投球は6球目。

 ここは決め球のスプリットか。


 だがカーブが来た。

 意表をつかれ、手がでなかったが、判定はボール。

 助かった。


 7球目。

 僕はスプリットを頭に入れつつ、低目の真っ直ぐにヤマをはった。


 果たしてその通りの球が来た。

 僕は思いっ切り、引っ張った。

 打球はレフト線を襲う。

 だがファール。


 惜しい。

 後数センチでフェアだったのに。


 8球目。

 次は勝負球たろう。

 内角か外角のどっちかに来るだろう。

 いや性格のねじ曲がった山崎の事だ。

 人を食ったようなカーブもありうる。

 意表をついて、真ん中に来ることも考えられる。

 僕は頭の中を整理するために一度、バッターボックスを外した。


 


 

 

 

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