第105話 ダブルヘッダー?(僕だけ)

 4月下旬、シーズンが開幕して、一ヶ月が過ぎた。

 僕は今日、二軍の試合に出場した。

 と言っても、二軍落ちをしたわけではない。

 今シーズンはここまでしぶとく一軍に生き残っている。

 一軍で13試合に出場し、9打数2安打、ホームラン0、打点2、盗塁2。

 スタメンは2試合で、後は代走か守備固めでの途中出場だった。


 それなのになぜ僕が二軍の試合に出場しているのか。

 今日はたまたま二軍がデーゲーム、一軍がナイターでそれぞれの本拠地で試合があり、最近一軍で打席に立つ機会が少なかったので、志願して二軍の試合に出場したというわけだ。


 二軍の川崎監督は、僕に少しでも打席を与えるために、1番打者で起用してくれた。

 こういう配慮をしてもらえることも、一軍の戦力として認められた気がして嬉しい。


 僕はこの二軍の試合で、3打数2安打。

 右と左に1本ずつシングルヒットを打ち、途中交代した。

(後の1打席もライトライナーになったが、内容は悪くなかった)

 そして試合の途中で球場を出て、一軍の試合前練習に合流するために、泉州ブラックスタジアムに向かった。

 

「少し気分転換になったか?」

「はい。やはり結果が出ると、嬉しいですね」

 泉州ブラックスタジアムに到着すると、早速、釜谷打撃コーチに声をかけられた。

「そうだろ。

 じゃあ、明日も二軍の試合に出るか?」

「いえ、遠慮します」

 二軍の本拠地は寮の近くにあり、泉州ブラックスタジアムからは電車で40分の距離である。

 両方の試合に出ると、さすがに疲れる。

「2試合にでると疲れるもんな」

「はい」

「じゃあ、明日からは二軍の試合だけに出るか?」

「嫌です」

 

 一軍での生活に慣れると、もう二軍には戻りたくないと思うようになる。

 遠征時のホテルのランクも、試合前の食事のメニューも、遠征時の交通機関も一軍と二軍では待遇が異なる。


 例えば、二軍は遠征時の移動も球団保有のバスを使用することが多い。

 さすがに熊本での試合は飛行機を使うが、岡山や高松への移動でも、大体はバスである。

 これが結構体にこたえるのだ。


 後は給料。

 僕はまだ一軍最低年俸1,600万円には到達していない(1,100万円)ので、その差額を150日で割った分、1日約3万円を一軍に登録されている間は貰える。

 僕はまだ妹の学費を払っているし、来年は寮を出て一人暮らしになるので、少しでも貯金しておきたいところだ。

(ところで妹は自分の学費がどこから出ているか分かっているのだろうか?)


「高橋」

「はい?」

 トーマス選手とキャッチボールをしていたら、朝比奈監督に後ろから声をかけられた。

「俺、今日、スタメンで使うって言ったっけ?」

「いえ、初耳です」

「あれ、そうか?

 まあそういうことだから。

 今日もホームラン頼むぞ」

 すみません。

 誰かと間違っていませんか?

 僕はまだ今季1本もホームランを打っていませんが。

 どういう事にせよ、今季3回目のスタメンだ。


 今日の泉州ブラックスのスタメンは、以下のとおりである。

(相手は新潟コンドルズ)


 1 岸(センター)

 2 水谷(サード)

 3 トーマス(セカンド)

 4 岡村(ファースト)

 5 ブランドン(指名打者)

 6 山形(ライト)

 7 金沢(レフト)

 8 高台(捕手)

 9 高橋隆(ショート)

 先発 児島


 金沢選手は僕よりも1歳年上で、高卒6年目の俊足が売りの選手である。

 人的補償で入団してから、親しくさせて貰っており、一緒にスタメンで出られるのは嬉しい。


 新潟コンドルズの先発は、北前投手。

 僕のプロ初打席の時の対戦相手だ。

 あの時は敗戦処理のような役割だったが、少しずつ実力をつけ、今季は開幕から先発ローテーションに入っている。


 試合が始まった。

 両チームとも先発投手が素晴らしい立ち上がりで、2回が終了するまで、お互いに三者凡退に抑えていた。

 

 3回の表に試合が動いた。

 泉州ブラックスの児島投手が突然コントロールを乱し、ツーアウトから三者連続でフォアボールを与えてしまった。

 ここで迎えるのは、3番の神保選手。

 児島投手は力んでしまったのか、初球のスプリットを指に引っかけてしまい、ワイルドピッチ。

 新潟コンドルズは労せずして、1点を奪った。

 だが児島投手はすぐに立ち直り、神保選手を三振に切って取り、ピンチを脱した。


 3回の裏は、僕に打席が回る。

 北前投手は絶好調のようで、7番の金沢選手、8番の高台選手から連続三振を奪った。

 これで打者8人から5三振を奪ったことになる。


 僕が打席に向かおうとすると、釜谷打撃コーチに呼ばれた。

「いいか、三振が続いているからって、当てに行こうとするなよ。

 当てに行くと、向こうの術中にはまってしまう。

 ここは三振しても良いから、思いっ切り振ってこい」

「はい、わかりました」


 釜谷打撃コーチに言われなければ、僕は三振を恐れて、小さなバッティングをしてしまうところだった。

 ツーアウトであるし、僕が凡退しても次の回は1番の岸選手からだ。

 ここは思い切って行こう。

 僕はそう思って打席に向かった。

 

 


 


 


 

 


 


 

 

 

 


 

  

 

 

 

 

 

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