第101話 スポーツニュースの主役?
9回の裏、ワンアウト二塁、バッターは昨年の打点王、岡村選手。
一打サヨナラの大チャンスだ。
僕はセカンドベースに立ち、ふと一塁側の観客席を見た。
すると、応援バットを持って応援している彼女と母親の横で、妹が下を向いてスマホを見ながら、何かを飲んでいた。
タメイキ…💢。あれほど言ったのに。
誰が学費を出していると思っているんだ。
僕は大観衆の中、深呼吸をし、高まる鼓動を抑えようと試みた。
もっとも経験上、多少の緊張は良い結果を生むことも知っている。
中京パールスの抑えは、都沢投手。
昨季まではセットアッパーとして結果を残し、今季から抑えに転向した投手だ。
初球を投げる前に牽制球が三球来た。
バッターが4番の岡村選手の場面でも、三塁への盗塁を警戒されているのであれば決して悪いことではない。
何をしてくるかわからない、と思っていて貰った方が、バッテリーにプレッシャーをかけることになるので、やりやすい。
栄ヘッドコーチ長々とサインを出しているが、結果は「打て」だ。
僕はリードをとりつつ、二塁への帰塁を常に意識している。
初級、ストレートが外角ギリギリに外れた。
盗塁を警戒して、あえてこの球を選択したのかもしれない。
牽制球を三球挟んだ後の、ワンボール、ノーストライクからの2球目。
今度は内角へのツーシーム。
ボール。これも外れた。
ここは一塁が空いているので、相手バッテリーは無理して勝負する必要が無いと考えているかもしれない。
3球目。
真ん中低目へのフォーク。
これも外れて、スリーボール。
結局、4球目は外角に大きく外れ、岡村選手はフォアボールで一塁に進んだ。
岡村選手はあまり足が速くないので、ダブルプレーねらいか。
ここで一塁ランナーは、俊足の金沢選手に替わった。
チームとして、ここが勝負所と判断したのだろう。
バッターは5番指名打者のブランドン選手。
ここはまさかのダブルスチールがあるかもしれない。
もし成功したら、ワンアウト二塁三塁と絶好のサヨナラのチャンスだ。
失敗しても二塁にランナーが残り、サヨナラのチャンスは継続する。
僕はベンチのサインを見た。
長々とサインを出しているが、結果はやはり「打て」。
だが相手バッテリーは、やはり盗塁を警戒しているようで、またしても初球を投げる前に牽制球を3球投げてきた。
そして初球。
真ん中へのフォークがあまり落ちなかった。
ブランドン選手の打球は、センターに上がった。
センターの小田選手が懸命にバックする。
僕は二塁と三塁の間で、打球の行方を見守った。
打球はダイレクトにフェンスに当たった。
サヨナラだ。
僕は三塁ベースを蹴った。
小田選手はフェンス当たったボールをそのままグラブに収め、バックホームしてきた。
タイミングは余裕でセーフだ。
僕はそれを横目に見ていた。
そして三塁を回ってホームに向かおうとした時、一瞬足がもつれ、つんのめって転んでしまった。
小田選手からは素晴らしい返球が帰ってきた。
やばい。
僕は必死に起き上がり、ホームにヘッドスライディングした。
ホームベースに手がつくのが早いか、キャッチャーのタッチが早いか。
判定は?
「アウト」
僕は恐らく顔が真っ青になっていたと思う。
開幕戦のサヨナラ勝ちの絶好のチャンスを潰してしまった……。
ここで泉州ブラックスのベンチから朝比奈監督が出てきた。
リクエストだ。
審判団がバックスペースに下がる。
僕は祈るような気持ちで、バックスクリーンのリプレー検証の画面を見た。
微妙なタイミングだ。
だが別アングルからの映像が流れた時、球場が大きく沸いた。
と言うのも僕の手がタッチをかいくぐって、先にホームにタッチしているように見えるのだ。
どうだ。
判定は?
審判団が出てきた。
「セーフ」
判定が覆った。
僕は心の底から安堵した。
球場全体が沸いている。
打ったブランドン選手のところに、選手が集まり、手荒い祝福をしている。
僕はそれを呆然と見ながら、天を仰いだ。
そして、喜ぶチームメートを尻目にベンチにこっそり帰った。
「てめぇ、何一人芝居しているんだよ」
「何も無いところで、こけるか普通」
「全くヒヤヒヤさせやがって」
「サスガタカハシサン、カナラズナニカヤルネ」
すぐにチームメートに見つかって、殴る蹴るの暴行?を受けた。
しかし良かった。
もし……アウトになっていたら……。
多分、珍プレーとして名が売れただろう。
うーん、それも美味しいかも。
ちょっとそう思ってしまった。
この日の各局のスポーツニュースでは、僕がこける場面が繰り返し流された。
ある意味、開幕戦のスポーツニュースの主役になったかもしれない。
今度は好プレーで主役になりたいものだ。
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