第100話 いよいよ開幕

 今年は平年よりも少し遅いのだろうか。

 寮から泉州ブラックスタジアムに向かう道すがら、僕は街中に咲き誇る薄紅の桜を見て、ぼんやりとそんな事を考えた。

 僕が子供の頃は4月の初旬に見頃を迎えていたと思うが、最近は3月中に散ることも多くなってきた。


 空を見上げた。

 天気は快晴、開幕戦日和だ。

 そういう日本語があるのかは知らないが。


 球場に入ると、まだお客さんが入場前であったが、新聞記者やテレビ局のクルー、アナウンサーがこれまで見たことがないくらい大勢いて、いよいよシーズンが始まるんだと実感した。

(特に普段テレビで見ている女子アナウンサーを間近で見られて、感激した。

 サインが欲しかったが、そんな雰囲気でも無いので空気を読んだ)


 泉州ブラックスタジアムは、ドーム球場では無いので、澄み渡った青い空がよく見え、春先のやや冷気を含んだ風が心地良く感じた。


 試合前練習を終え、相手チーム(中京パールス)の練習が始まると、続々とお客さんが入場してきた。

 きっとお客さんに取っても待ち望んだ開幕だろう。

 いつもよりお客さんの顔もほころんでいるように見える。

 

 一塁側の観客席を見ると、前から3段目に彼女と母親、妹が並んで座っているのが見えた。

 今回は僕がマネージャーに頼み、手配したのだ。

(妹にはスマホばかり見ていないで、ちゃんと野球を見るように念を押しといた)


 開幕戦。

 残念ながら、僕はスタメンでは無かった。

 セカンドのスタメンは、トーマス・ローリー選手、そしてショートは伊勢原選手だ。

 伊勢原選手はオープン戦でも、.292の打率を残し、期待のルーキーとして注目されていた。


 グランドに両チームの選手が出て、ホームベースを挟んで一列に並び、開幕戦のセレモニーが始まった。

 いよいよ5年目にして、この場所にたどり着いた。

 国歌斉唱の時、こみ上げてくるものを感じた。


 開幕戦の先発は、泉州ブラックスは、新外国人のジョーンズ投手。

 大リーグで47勝を上げている、期待の左腕だ。

 対する中京パールスの先発は、若きエースの星投手。

 まだ24歳と若いが、昨年は12勝を上げ、防御率も2.87でランキングの2位に入った投手である。


 スタメンが発表された。

 泉州ブラックスのスタメンは、次のとおりである。

 1 岸(センター)

 2 山形(レフト)

 3 トーマス(セカンド)

 4 岡村(ファースト)

 5 ブランドン(指名打者)

 6 水谷(サード)

 7 伊勢原(ショート)

 8 高台(捕手)

 9 富岡(ライト)


 富岡選手は、僕と同年代。

 一昨年のドラフト4位で指名された選手で、オープン戦でアピールして、開幕スタメンを勝ち取ったのだ。

 僕にとっても刺激になる。


 そして試合が始まった。

 試合は序盤から投手戦になり、5回を終えた時点で、両チーム共に無得点であった。


 5回の裏終了後には、グランド整備とチアガール(チームブラックス)のパフォーマンスがあるが、僕は来る出番に備えて、ベンチ裏で素振りをしていた。


 試合は7回の表に、この回から登板したセットアッパーの山北投手が、エラーがらみで2点を失い、泉州ブラックスは劣勢に立たされた。


 その後、8回の裏に高台捕手のまさかのツーランホームランが飛び出し、同点に追いついた。

 高台捕手はあまり打撃が得意では無いので、打った本人が1番驚いていた。


 9回の表は、抑えの平塚投手が三者凡退に抑え、2対2の同点の

まま、9回の裏を迎えた。

 この回の先頭は、俊足の山形選手からであったが、ショートゴロに倒れた。


 続くトーマス・ローリー選手は、今日は無安打であったが、うまくライト線に落とし、ツーベースを打った。

 これでサヨナラのランナーが出た。

 ということは?


 僕はスライディンググローブを手に嵌めながら、朝比奈監督を見た。

 朝比奈監督は僕の方を見ずに、横に座っている栄ヘッドコーチに何かを言った。

 栄ヘッドコーチは頷き、足を組み替えた。


 何だ、僕の出番じゃないのか。

 ちょっとがっかりしていると、栄ヘッドコーチが僕の方に振り向いた。

 

「何しているんだ。早く行け」

「代走ですか?」

「あたり前だろう。4番の岡村のところでお前を代打で使うわけはないだろう」

 なるほど、これをツンデレというのか。

 僕は若者用語を一つ理解した。


「セカンドランナー、トーマスに替わりまして、高橋隆介。背番号58」

 スタンドが軽く沸いた、気がした。

 開幕戦から出場できるなんて、ラッキーだ。

 僕は勇んでセカンドベースに向かい、すれ違いざま、トーマス選手とハイタッチした。

「ケンセイシスルナヨ」

 だから、誰だ。

 そんな日本語教えたのは。

 

 

 

 

 

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