第99話 飛躍に向けて
自主トレも終わり、いよいよ2月。
今年も春期キャンプの季節がやってきた。
泉州ブラックスのキャンプは沖縄で行われる。
沖縄の青く透き通った空が、球場の鮮やかな緑の芝生と美しいコントラストを描き、球春の訪れを感じる。
そして沖縄は冬でも暖かい。
(時々、肌寒い日もあるが)
今シーズンもいよいよ始まると思うと、否が応でもテンションの高まりを感じる。
昨年はオープン戦で、骨折して離脱してしまったが、今年は同じ轍は踏まない。
最初からガンガンアピールして、目指すは開幕スタメンだ。
泉州ブラックスは最初は一軍と二軍合同の練習から始まるが、ホテルなどの待遇は差がついている。
僕は今回、一軍待遇のホテルだった。
それなりに期待されているのだろうか。
キャンプでは、僕はかねてからの予告通り、ショートの練習をみっちりとやることになった。
ショートはセカンドよりも強い打球が飛んでくるし、一塁への送球距離も長い。
僕は足には自信があるが、肩はそれほど強くない。
だから捕球してから、投げるまでのスピードをいかに速くするかが、生命線だ。
取って投げる。
取って投げる。
このキャンプはこの繰り返しだ。
毎日、戸塚内野守備コーチから、みっちりとノックを受けている。
取って、一塁へ送球する。
これを百球連続で続けるのだ。
少しでも弾いたり、送球が逸れたらまた一からやり直し。
これがきつい。
戸塚コーチはほぼ付きっ切りで練習に付きあってくれた。
泉州ブラックスはセカンドは人材が豊富だが、ショートは手薄であり、期待されていると思うと、練習にも身が入る。
キャンプも中盤になると、一軍と二軍に分けられるが、ここでも僕は一軍に残った。
二遊間のライバルで、一軍に残ったのは、僕の他、トーマス・ローリー選手、額賀選手、瀬谷選手、伊勢原選手の5人だった。
と言っても、この中では僕は5番手だろう。
うかうかしていたら、すぐに二軍落ちするに違いない。
僕は改めて気合いを入れた。
一軍と二軍に別れてからは、本格的に紅白戦が始まる。
初戦、僕は白チームのショートでスタメンだった。
紅チームが基本的にレギュラークラスであり、ショートのスタメンは額賀選手だった。
ちなみに紅チームのセカンドのスタメンはトーマス・ローリー選手、白チームは伊勢原選手。
僕はこの試合、打撃では良い当たりもあったが、3打数ノーヒットに終わったが、守備では練習の成果を見せることができた。
今の僕にはファインプレーはいらない。
堅実に、愚直に守備範囲の打球を処理すること。
そしてランナーがいる時のセットプレー。
ダブルプレー、盗塁された時のベースカバー。
それぞれのプレーがセカンドとは微妙に異なる。
これらを一つ一つ丁寧に行う事が、首脳陣からの信頼、ひいては出場機会の増加に繋がるだろう。
「中々、ショートの守備も板についてきたな」と今日の練習が終わり帰ろうとすると、栄ヘッドコーチから、声をかけられた。
「はい、ありがとうございます。
少しずつですが、ショートのプレーにも慣れてきました」
「そのようだな。
額賀の壁は高いし、期待の伊勢原もいるから、すぐに出場機会に繋がるかは分からんが、お前は足が速いから、ショートも守れるようになると、ベンチに置いておきたくなる。
引き続き頑張れ」
「はい、頑張ります」
僕は元気よく答えた。
キャンプ終盤になっても、僕は一軍に残っていた。
セカンド、ショートは瀬谷選手と泉選手が入れ替わった以外は、入れ替えはなかった。
紅白戦は白チームのセカンド、ショートで途中出場も含めると、12試合中11試合に出場し、打率も.263とそこそこの数字を残していた。
守備も打球を弾いたものはあるが、トンネルとか落球、悪送球のような致命的なエラーは無かった。
そしてキャンプが終わり、オープン戦が始まった。
ここでも僕は準レギュラーとして、17試合中9試合にスタメン、6試合に途中出場し、打率.250、盗塁5を記録した。
そして、開幕一軍のメンバーが告げられた。
僕は……。
見事一軍に残った。
初の開幕一軍だ。
告げられた瞬間は僕は喜びを抑えた。
何故なら、泉選手のように一軍に残れなかった選手もいるからだ。
(開幕一軍のセカンド、ショートは、トーマス・ローリー選手、額賀選手、伊勢原選手、そして僕)
ホテルに戻り、一人になると何故か涙が溢れてきた。
人は嬉しいときでも泣くものなんだな。
ぼんやりとそう思った。
ここまでの道のりは決して平坦では無かった。
プロに入って5年目。
ドラフト7位という下位指名であり、当初は全く期待されていない事を肌身に感じていた。
そして山城元コーチとの夜間特訓。
秋季キャンプでのTK組への参加。(しかも2年連続)
プロ初出場、牽制死、初安打。
まさかの人的補償での移籍。
オープン戦での骨折。
我ながら、よくぞここまでたどり着いたものだ。
もちろん、まだ始まったばかりである。
だが今季は意地でも一軍に残ってやる。
夜、窓から見える街の灯りを見ながら、僕は改めてそう誓った。
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