5年目 飛翔の時?
第98話 5年目の始まり
年があけた。
プロに入って5年目のシーズンが始まる。
今年も元旦は彼女と初詣に行き、翌日から自主トレ開始だ。
今年は昨年のドラフトで同年代の大卒選手が指名され、入団してきた。
泉州ブラックスは伝統的に打撃陣に比べて、投手陣がやや層が薄いため、ドラフト1位は投手を指名することが多いが、昨秋の1位は内野手だった。
東京六大学の啓明大学出身の伊勢原選手だ。
攻守走三拍子揃った選手との評判であり、3球団競合の中、抽選で引き当てたのだ。
ちなみに伊勢原選手は一浪のため、僕とは1学年違いになる。
高校時代は投手で甲子園に出場しており、大学ではセカンド、サード、ショートの三つのポジションを守っていた。
つまり僕に取っては、強力なライバル登場である。
昨季のセカンドのレギュラーは、トーマス・ローリー選手であり、今季も残留した。
つまりセカンドはトーマス選手と瀬谷選手、伊勢原選手、泉選手、そして大卒3年目の大岡選手、高卒3年目の石川選手、僕の7人で争うことになる。
一方ショートは、額賀選手がレギュラーであったが、瀬谷選手、伊勢原選手も守れるので、ここも競争が激しい。
僕は戸塚コーチから、春期キャンプではショートの練習もやるように指示を受けている。
この二遊間のレギュラー争いのライバルに僕が優位に立てるのは、やはり足だろう。
後は安定した守備力をアピールしたい。
(後はごく稀にツボにはまったときの長打……)
昨年はアメリカのフロリダで行われた、黒沢選手の自主トレに参加したが、今回は自分でやることにした。
黒沢選手には今年も誘って頂き、昨年も非常にためになったが、良い思いをするのは、レギュラーを掴んでからで良い。
(本心ではフロリダに今年も行きたかったが、武士は食わねど高楊枝。やせ我慢をした。)
とは言え、一人で自主トレをやるのではなく、静岡市内の施設を借りて、竹下さん、原谷さん、谷口、僕の4人での合同自主トレだ。
原谷さん以外はストイックであり、中々手を抜けないので、お屠蘇気分を吹き飛ばすには良い環境だろう。
谷口はひたすら悩んでいた。
昨シーズン、過去最高の出場機会を得たが、ホームランが1本に留まってしまったのだ。
良い角度で上がっても中々フェンスを越えず、ツーベースヒットは10本打ったものの、周囲からの期待はホームランなので、本人は納得していない。
彼も長距離砲として期待されて入団し、5年目となる。
そろそろ飛躍したいところだ。
「よお、崖っぷち4人衆」
聞き覚えのある声がしたが、僕は無視した。
「おい、無視するな」
「何ですか。
僕らは忙しいんです。
サインなら、練習終わってからにして下さい」
「このやり取り、何回目だ。
もう飽きた。
それより今年もストレス解消、もとい練習の手伝いに来てやったぞ」
言うまでもなく、山城コーチだった。
手にはノックバットを持っていた。
「いえ、間に合っているので結構です」
「お前な。いつになったら、1,257万円返してくれるんだ」
(作者注:第7話)
「え?、あの時、金なんかいらねぇ。俺が欲しいのはお前の活躍する姿だ、って言っていませんでしたっけ?」
「そういうことは活躍してから言え。このままでは取りっぱぐれるから、鍛えに来てやった」
という事で、今年も三連休の三日間、山城元コーチのノックの雨が降り注いだ。
守備練習は倒れる寸前が一番うまくなると言うが、本当に倒れる寸前までノックを打ってくれるのはありがたい。
打つ方も大変なはずだ。
いつもは憎まれ口を叩いているが、心の底では僕のプロに入ってからの一番の恩師は山城元コーチだと思っている。
初めは嫌な人だと思ったが。
「竹下。お前も新天地で頑張れよ。
高橋と違って、相手から求められての移籍なんだから」
それはどういう意味でしょうか。
「しかし、泉州ブラックスの内野も一気に層が厚くなったな」と原谷さん。
僕らは少し休憩という事で、ベンチに座って休んでいた。
「トーマスだけでも強敵なのに、伊勢原まで入るとはな」と谷口。
谷口は高校2年生の時、投手だった伊勢原選手と対戦経験がある。
その時はノーヒットに抑えられたらしい。
「まあ黒沢相手にレギュラーを取るよりは、難しく無いだろう」と山城さん。
「俺は意外と高橋の出場機会増えると思ってみているけどな。
ケガさえしなければな」
「そうですか?
山城さんからそう言われると自信になりますね」
「バカもおだてりゃ、木に登るというからな。
まあ頑張って活躍して、一億円プレーヤーになって、1,257万円返してくれや」
帰りにせめてもの車代ということで、4人でお金を出し合って渡そうとしたが、山城さんは受け取らなかった。
「そんな端金いらねぇ。
お前ら、全員レギュラー取って、海外自主トレに呼んでくれ。
じゃあな」と言って、山城さんは去って行った。
山城さんは今は民間企業で働いており、わざわざ休みを取って、僕らの練習に付きあってくれたのだ。
さあ、期待に応えられるように頑張ろう。
山城さんの後ろ姿を見送りながら、改めてそう思った。
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