第97話 いつもの中華料理屋にて

 高校時代のチームメートとの忘年会は、いつもの中華料理屋である。

 安くて美味しくてボリュームがあるので、お金が無い高校生の野球部員に取っては、非常にありがたい存在だった。


 店内には、山崎、平井、そして一応僕のサインも飾られている。

「いつも聞かれるのよね。

 山崎選手、平井選手は分かるけど、高橋隆介選手って誰ですかって。

 その度に説明するの面倒くさいから、サッサと活躍するか、引退してくれないかしら」と女店主。

 斬新な激励の言葉だ。


「よお、再就職先決まったか?」

 宴会場に入るなり、今年も山崎の先制パンチを浴びた。

 昨年は「トライアウトどうだった?」だったので、こいつの中では勝手に僕のストーリーが進んでいるのだろう。

 山崎は今シーズン、26試合に登板し、9勝8敗、防御率3.66とローテーションは守ったが、少し数字を落とした。

(年俸は1,800万円アップの7,800万円)

 

「ああユーチューバーになろうと思っている」と適当に答えた。

「そうか。俺も出てやろうか?

 友情出演で。チャンネル登録者数、激増するぜ」

「いや、友情出演は友人に限っているので、結構だ」

「俺は友人じゃないのか?、親友よ」

「お前は単なる痴人だ」

(作者注:誤字ではありません)

「冷たいな。高校3年間バッテリーを組んだのに」

 記憶が錯綜していないか?

 ただの一度もそんな事実は無い。

 

「しかしお前らの会話は、どつき漫才のコンビみたいだよな」と葛西。

 彼は来年大学を卒業し、社会人野球の西部電力で野球を続ける予定だ。

「隆と山崎は仲悪そうに見えるけど、実際は……本当に悪いんだよな」と新田。

  

「そんな事無いよな、隆。

 俺ら良いコンビだよな。

 高校2年の時、二人で他校と喧嘩して勝ったこともあったしな」

「ああ、例の因縁つけられたやつか」と柳谷。

 彼も今春大学を卒業予定であり、社会人のJR北日本で野球を続ける。

「そうだ、俺ら二人で試合後にバス停にいたら、いきなり喧嘩売られたんだよ」

 

 お前は記憶喪失か?

 原因はお前だろう。

 バス停で対戦相手が後ろにいるのに、「いやー、今日の相手はザコ過ぎて時間の無駄だったな。

 これなら学校で自主練していた方がナンボかマシだったぜ」と お前が言ったからだろうが。

 普通、対戦相手の地元で大きな声でそんな事言うか?


 その日は対戦相手の高校へ遠征して練習試合を行い、僕と山崎はトイレに行っている間に、チームからはぐれてしまい、しかも道に迷ってしまったのだ。

 そしてようやく駅に向かうバス停を見つけ、バスを待っている間に、山崎クンの余計な一言が発せられたというわけだ。


 僕は「おい、やめとけよ。確かに全く歯ごたえ無かったけど、相手の高校の奴らに聞かれたら、どうするんだ」と山崎を諫めた。

 そこで後ろから肩を叩かれ、振り返ったら、いきなり殴られたというわけだ。

 振り返ると相手は5人おり、多勢に無勢だったが、火の粉を払うために仕方なく応戦したというわけだ。


 そして後から学校にばれ、僕と山崎はこっぴどく怒られ、一ヶ月練習への参加を禁止されたのだ。 (一応、正当防衛ということで、処分が軽く済んだ)


「よお、何の話だ」とゴリラがビール瓶を抱えてやってきた。

(人間界でのコードネームは平井という)

「おう、俺と隆の武勇伝を話していたところだ」

「ああ、それな。

 俺も参加したかったな」

 人間の喧嘩にゴリラが加わると、もっと怪我人が出ていたので、こいつがいなかったのは不幸中の幸いだった。(多分、一ヶ月の練習禁止では済まなかっただろう)

 ちなみに平井は今年は、ケガもあり、26試合の出場で、打率.205、ホームラン4本と伸び悩んだ。

(年俸は100万円減の2,100万円)


「今日は結衣ちゃんは来ないのか?」

「ああ、今日は夜勤だ。

 お前らと会うのが嫌で、わざと夜勤を入れたようだ」

 彼女は看護師として働いている。

「そうか、ついに別れたか。

 確かに俺らと顔合わせづらいよな。

 隆、元気だせよ。

 女性は世の中にはいっぱいいる」

「お前、顔と頭と性格だけでなく、耳も悪いのか?

 や、き、んだと言っているだろう」

「わかった。

 そういうことにしておこう。

 まあ飲め」と平井が僕のグラスにビールを注いだ。

 

「でもさ、そろそろ結婚とかしないのか?

 もう付きあって長いだろう」と葛西。

「うーん、来年は退寮しなければならないからな。

 そのタイミングもあるかな。

 そのためにはもっと稼がなきゃな」

「そう言えば、年俸1,000万円越えたんだって?

 良かったな」と山崎。

 山崎に言われると、全て嫌みに聞こえるのは、僕のひがみだろうか?

 山崎は入団時点で1,000万円を越えていた。

 

「山崎は結婚とかしないのか?

 金だけはもっているから、全くモテないこともないだろう」

「金だけとは何だ。

 これでもファン感謝デーの結婚したい選手ランキングで、19位に入ったんだぜ」

 うーん、それは結構微妙な順位ではないだろうか。


 というように今年も高校の仲間との忘年会は、和気藹々のうちに終わった。

 早いものでプロ入り4年目の今年もまもなく終わり。

 フロリダへの自主トレから始まり、オープン戦でケガをしたこともあったが、プロ初ホームランも放ったし、良い1年だったのではないだろうか。

 来年は飛躍の年にしたい。


 

 


 

  

 

 

 

 

 

 

 

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