第95話 打球の行方

 初球はバントの構えをしたが、2球目はバットを立てて持っている。

 相手はこれをどのように判断するだろうか。

 投げたらバットを横にすると考えるだろうか。

 それとも打ってくると考えるだろうか。

 僕はサードの香美選手の様子を見た。

 腰をやや低くしており、恐らくバントの構えをした瞬間、ダッシュしてくるだろう。


 2球目、またしても内角低めへのストレート、いやカットボールだ。

 実は僕はこの球を待っていた。

 セオリーなら外角に投げてくる場面だろうが、さっきの僕の見逃し方を見て、もう1球内角を投げてくる可能性があると思っていた。

 

 僕は腕を畳んで思いっきり引っ張った。

 打球はレフト線に飛んだ。

 サードの香美選手が横っ飛びした。

 どうだ。抜けたか、取ったか。

 フェアかファールか。


 打球は香美選手のグラブに当たって、ファールゾーンに転がっていた。

 審判はフェアの動作をした。

 一塁ランナーの水谷選手は二塁を蹴って、三塁に到達した。

 そして打った僕も二塁に到達した。


 僕は咄嗟にバックスクリーンを見た。

 ランプは青。ヒットだ。

 僕は左手で小さくガッツポーズした。

 この場面でツーベースを打てるとは。

 しかも四国アイランズのエース、長岡投手から。


 マウンドには四国アイランズの内野陣が集まっていた。

 泉州ブラックスに取っては、ノーアウト二、三塁のビッグチャンスだ。

 次は8番キャッチャーの高台選手。


 高台選手は、ワンボールツーストライクからファールを1球挟んだ、5球目を三振してしまった。


 9番は俊足の山形選手。

 ここはスクイズもあったりして。

 とベンチを見たら、サインは「打て」だった。


 初球、山形選手はヒッティングの構えからバットを横にした。

 慌ててサードの香美選手がダッシュしてきた。

 もちろんブラフだ。

 判定はボール。

 外角低目に外れた。

 相手はスクイズを警戒している。

 

 次もベンチのサインは「打て」。

 山形選手はサインをじっくり見て、ランナーの方に視線をやった。

 これもブラフだ。

 ワンボールノーストライクからの2球目。

 真ん中低目へのカットボール。

 これも見逃して、判定はボール。

 打者有利のカウントになった。


 だが相手も経験豊富な長岡投手。

 全く動じる気配は無い。

 最悪、フォアボールでも良いと思っているのだろう。


 ツーボールノーストライクからの3球目。

 真ん中高目へのストレート。

 判定はストライク。

 山形選手は手が出なかった。

 もしスクイズのサインが出ていたら、絶好球だっただろう。

 ここでこんな球を選択するなんて。

 さすが経験豊富な長岡投手だ。


 これでツーボール、ワンストライク。

 まだ打者有利のカウントが続く。

 4球目、内角低目へのカットボール。

 山形選手はバットに当てた。

 打球はマウンドの左を抜けて、ショートへ飛んだ。

 これはホームは間に合わない。

 送球は一塁に送られた。

 これで1対0。

 ツーアウトになったが、先制点は取った。


 だが僕はこの隙を狙っていた。

 三塁を蹴っても、スピードを緩めずにホームに突っ込んだ。

(三塁コーチャーも腕を回している)

 どうせこのままではツーアウト三塁だ。

 リスクを取ってでももう1点欲しい。

 

 ファーストの一條選手が慌てて、ホームに送球する。

 送球はやや一塁線側の高目にそれた。

 清田捕手が捕球して、タッチに来た。

 だが僕の足は一瞬早く、ホームベースにタッチしていた。

「セーフ」


 試合も終盤ということを考えると、大きな2点目が入った。

 泉州ブラックスのベンチは大いに沸いていた。

 僕は小さくガッツポーズして、ベンチに戻り、チームメートとハイタッチをした。

 

「サスガタカハシサン、アシダケワハヤイネ」とトーマスが言ってくれた。

 誰だ。そんな日本語を教えたのは。


 クライマックスシリーズでも爪痕を残せた。

 僕はまだ収まらない鼓動を心地良く感じながら、ベンチに座りタオルで汗を拭った。


 ブランドン選手は指名打者だったので、僕はそのまま指名打者として入り、セカンドはトーマスに替わって、瀬谷選手が守備固めで出場した。


 そして試合はそのまま、泉州ブラックスが逃げ切り、まずは1勝目を上げた。

 僕は勝利に貢献することが出来た喜びを噛み締めながら、バスにに乗った。

(ヒーローインタビューは、9回の裏を三者三振で締めくくった、抑えの平塚投手だった)

 明日の試合を勝ち抜けば、ファイナルステージ進出だ。

 チームの雰囲気はとても良かったし、僕もその一員として認められていることが嬉しかった。


 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

  

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