第94話 初のポストシーズン
プロ野球の戦力外通告は二期に分けて行われ、1回目は10月1日からクライマックスシリーズの終了までである。
今期は30試合に出場したし、後半はずっと一軍に帯同していたので、僕は自分は戦力外通告を受ける事は無いだろうと思っていた。
だが万が一という事もあるので、10月1日から数日は携帯電話に着信がある度にドキドキしていたのもまた確かである。
今回、静岡オーシャンズが戦力外通告した中に、足立の名前があった。
足立とは一学年違いで、同じポジションを争うライバルだったが、自主トレを合同でやった事もあり、一緒に過ごしてきた時間は長かったので、寂しさを感じた。
長打力はあったが、守備も走塁も並みであり、伸びしろが少ないと判断されたのかもしれない。
育成選手としては契約するようだが、高卒3年目で見切りを付けられるとは、改めて厳しい世界だと思う。
だがよく考えると、あのまま静岡オーシャンズに残っていたら、戦力外通告を受けたのは自分だったかもしれない。
そういう点では、僕自身は移籍によりチャンスを掴んだと言えるのだろう。
また知り合いでは岡山ハイパーズの五香選手が戦力外になっていた。
彼とは同学年であり、高校時代の地区予選で対戦した間柄だ。
プロでは投手と外野手の二刀流に挑戦していたが、どちらもモノにならなかったようだ。
彼は野球を続けるのだろうか。
クライマックスシリーズのファーストステージの相手は、四国アイランズである。
ちなみにここを勝ち抜くと、ファィナルステージの相手は、東京チャリオッツとなる。
僕も登録メンバーに入っており、初めてのポストシーズンに向けてワクワクしていた。
ファーストステージは、2位のチームの本拠地で行われるので、僕らは高松に移動した。(四国アイランズの本拠地は高松ドームである)
高松ドームは僕がプロ初ホームランを打った縁起の良い球場である。
その時はヒーローインタビューがグダグダになってしまったので、是非活躍してリベンジを果たしたい。
初戦、セカンドの先発はシーズン中と同様にトーマス選手だった。
またどこかで代走に使われるかもしれない。
僕は3回くらいから、ベンチ裏でストレッチや短い距離のダッシュ等を行い、出番に備えた。
試合は四国アイランズのエース、長岡投手が素晴らしいピッチングを披露し、7回を2安打無失点に抑えていた。
対する泉州ブラックスの投手陣も小刻みな継投でやはり7回を0に抑えていた。
こうなると僕の出番はないかもしれない。
僕はベンチ裏のモニターを見ながらそう考えていた。
するとこの回先頭の6番水谷選手が四球を選んだ。
この試合初めてのノーアウトのランナーだ。
次の打者は長打力のある指名打者のブランドン選手だ。
僕はベンチに戻り、朝比奈監督の方を見ると、朝比奈監督と目があった。
朝比奈監督は無言で、グラウンドを指さして、僕の方に肯いてみせた。
代走で行けと言うことだろう。
僕は勇んでベンチを飛び出して、一塁に向かおうとした。
すると栄ヘッドコーチの大きな声が聞こえた。
「違う。代打だ」
何だ、勘違いか。
僕はスゴスゴとベンチに戻ろうとした。
するとまた大きな声が聞こえた。
「何やっているんだ。
代打だって言っているだろう」
え?、代打?、僕が?、この場面で?、ブランドンの替わりに?
釜谷打撃コーチが僕の所に来て、小さい声で囁いた。
「いいか、ここでお前がブランドンの替わりに代打で出るということは、相手は百パーセントバントだと思うだろう。
その裏の裏の裏の裏をかく」
つまりバントということですね。
僕はバッターボックスに向かって、ベンチのサインを見た。
サインはやはりバント。
初球、内角の膝近くにストレートが来た。
僕はバットを引いて、見逃した。
「ストライク」
え?、今のが?
完全に低いと思った。
だが審判がストライクと言えばストライクだ。
2球目の前に、ベンチを見た。
今度はサインがヒットエンドランに替わった。
え、このカウントで?
カウントはノーボールワンストライクである。
つまり次のボールはストライクが来るとは限らない。
水谷選手は足は遅くはないが、特別速くもない。
僕はプレッシャーを感じながら、打席でバットを構えた。
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