第93話 いつかのお返し

 今井投手は今回も僕の方をちらっと見た。

 僕は敢えて大きくリードを取った。

 と言っても盗塁のサインは出ていないので、帰塁することに頭を置いている。


 今井投手は初球、真ん中高目にストレートを投げた。

 盗塁を刺す場合、キャッチャーが投げやすい球だ。

 判定はボール。


 僕はまた大きくリードを取った。

 今井投手は今度も僕の方をちらっと見たが、牽制球は投げず、岡村選手に2球目を投じた。

 外角へのツーシーム。

 キャッチャーは捕るやいなや、一塁に投げてきた。

 僕はわざとスタートを切る動作をしたのだ。

 悠々セーフ。


 これでツーボール、ノーストライク。

 ベンチのサインは変わらず「打て」だ。


 今井投手はまた僕の方をチラッと見た。

 そしてプレートを外して、牽制球を投げてきた。

 これも悠々セーフ。

 同じ手に二度も引っかかるものか。


 そして3球目、スプリットが真ん中低目に甘く入った。

 岡村選手はこのような球は逃さない。

 バットの真芯で捉えた。

 打球はライナーで左中間に飛んだ。

 僕はファーストとセカンドの間で打球の行方を見守った。

 打球はちょうどレフトとセンターの間に落ちた。

 僕は二塁ベースを蹴って、三塁に向かった。

 

 打球はバウンドしてフェンスに当たり、センターの小田選手がクッションボールをうまく掴んだのが横目に見えた。


 僕は三塁コーチャーを見た。

 腕を回している。

 岡村選手が打点王を取るためには、僕がホームに帰ることが必要なのだ。

 僕は三塁ベースを蹴って、懸命にホームに向かって走った。

 小田選手からの返球はダイレクトに帰ってきた。

 このままではアウトのタイミングだ。

 僕は賭けに出た。大きく回り込んで手でタッチすることにした。

 キャッチャーの豊橋選手はやや三塁線寄りに来た返球をキャッチし、タッチに来た。


 だが僕はうまく体をかわし、右手でホームベースにタッチした。

「セーフ」

 やったぜ。

 リクエストも無く、僕はガッツポーズしてベンチに戻った。


 マウンド上では今井投手と豊橋捕手が渋い顔をして、何か話していた。

 してやったりだ。

 いつかのお返しをする事ができた。


 岡村選手に甘い球が来たのは、ツーボールノーストライクという打者有利のカウントになったのも一因だろう。

 そしてそれも僕が盗塁をちらつかせることで、今井投手の集中力を削いだ成果とも言える。

 

 更にベースランニング。

 単純に足から滑り込んでいたら、まず間違いなくアウトだっただろう。

 咄嗟の判断がこの結果に繋がった。


 ベンチでは朝比奈監督から直々に「ナイスプレイ」、と褒められた。


 結局この回は、気落ちした今井投手を更に責め立て、大量5点を奪った。

 そして試合はそのまま泉州ブラックスが勝利して、クライマックスシリーズへの進出を決めた。


 試合終了後、打点王を確定させた岡村選手が僕のところへ来た。

(今日の試合、黒沢選手は打点0だったため、同点の打点王)

 

「よお高橋、お前のお陰で打点王を取れた。ありがとな。

 今日、飯連れて行ってやる。

 何食いたい?」

「僕は寿司が食べたいです」

「よしわかった。じゃあ焼き肉行こう」

 またこの流れか……。

 

「冗談だ。焼き肉は先日、高台と行ったんだろう。

 今日は俺の行きつけの寿司屋に連れて行ってやる」

「ありがとうございます」

 

 ということで、岡村選手と岸選手に高級な寿司屋に連れて行ってもらった。

 全て岡村選手が支払ってくれたが、後で岸選手に聞いた所では3人で10万円以上したらしい。

 確かに美味しかった。

 しかし回転寿司の10倍とは……。

 世の中まだまだ知らないこと、経験していないことがあるものだ。


 静岡オーシャンズではクライマックスシリーズに出られなかったが、今回はこのまま行けば、一軍登録されたままなので、出られるかもしれない。

 僕はまだシーズンが続くことにワクワクしていた。


 

 

 




 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る