第91話 走れ、高橋

 ノーアウト三塁というのは、打者に取っては打点をあげる大チャンスだろう。

 カウントはツーボールツーストライク。

 

 北岡投手はここは三振で切り抜けたい場面である。

 さすがに三塁ランナーはあまり気にしていないようだ。

 この場面で、ホームスチールやスクイズをして来ることは考えづらい。

 オープン戦ならともかく。


 ベンチのサインを確認したが、ここはノーサインだった。

 さすがにそうだろう。


 5球目。

 低目のストレート。

 高台選手は辛うじてバットに当てた。

 ファウル。


 6球目。

 外角低目へのチェンジアップ。

 高台選手は踏み込んで、打ちに来た。

 打球はライトに上がった。

 浅いフライだ。

 僕はタッチアップの体勢を取った。

 捕球した瞬間、三塁コーチャーはGOを出した。

 本当にいいのか。

 無理する場面でも無いと思うが。

 僕はホームに向かって、懸命に走った。

 ライトの高橋孝司選手は肩が強い方だ。

 捕球するやいなや、ホームに投げてきた。

 ダイレクト、しかもストライク返球だ。


 タイミングは完全にアウトだ。

 僕はイチかバチか、オーバーランにならない程度に大きく三塁側に回り込みながら、スライディングした。

 キャッチャーの前原さんがタッチにくる。

 判定は?

 

「セーフ」

 僕は安堵して立ち上がった。

 しかし、君津監督からリクエストが出された。

 またかいな。


 僕はベンチに帰らず、そのままバックスクリーンのモニターでの、リプレー検証を見ていた。

 色々な角度で、僕のホームインのシーンが映し出される。

 これまた微妙だ。

 セーフと言えば、セーフにも見えるし、アウトと言えばアウトにと見える。

 つまり全くの同時に見えるのだ。

 またもや、中々審判団が出てこない。

 どの角度を見ても、決定的な映像は無かった。

 これはどう判断されるのだろうか。

 この判定いかんによっては、この試合の趨勢、ひいてはクライマックスシリーズ出場すら左右するかもしれない。


 ようやく審判団が出てきた。

「セーフ」

 判定変わらず。

 三塁側の泉州ブラックスのファンが大きく沸いている。

 これで3対1だ。


 僕がベンチに帰ると、口々にチームメイトがナイスランと声をかけてくれた。

「やった、打点1だ」

 高台選手もとても喜んでいた。

 僕に感謝して下さいね。


 戸塚内野守備走塁コーチがやってきて、「高台、高橋に何か奢ってやれよ」と言った。

「はい、わかりました。高橋」と言って、高台選手は僕の方を見た。

「ナイスラン。何食いたい?」

「僕は寿司が食べたいです」

「よしわかった。じゃあ、試合終わったら焼き肉行こう」

 何で聞いたんですか?


 結局、この2回の表は1点どまりだった。

 点差は3対1。


 しかしながら、黒沢選手が入った静岡オーシャンズ打線は隙が無い。

 2回の裏、この回先頭の清水選手が初球をホームランを打ち、7番の高橋孝司選手がツーベース。

 8番の前原選手はファーストゴロに倒れるも、ランナーは三塁に進んだ。

 そして9番の西谷選手は俊足ではあるが、あまり長打力は無い。

 だが杉田投手のカットボールをジャストミートし、同点の3塁打を放った。

 これで3対3の同点、試合は振り出しだ。

 僕の好走塁が……。ぴえん。


 1番の新井選手に四球を与え、ワンアウト一三塁となった。

 ここで朝比奈監督がベンチを出てきた。

 ピッチャー交代だ。

 杉田投手はがっくりとうつむきながら、ベンチに戻った。

 彼のプロ初先発はほろ苦いものになった。


 杉田投手の後を継いだのは、プロ7年目の三沢投手だったが、勢いづいた静岡オーシャンズの打線を止めることが出来ず、更に3点を取られた。

 これで2回を終えて、3対6である。


 その後、4回ツーアウトランナー無しから僕に打席が回ってきた。

 初球、内角に食い込んでくるシュートで仰け反らされた。

 そして2球目のツーシームを打たされて、セカンドゴロに倒れた。


 試合は静岡オーシャンズの打線が爆発し、6回を終えた時点で11対3となり、7回表の打席で代打にトーマスを送られた。

 結局試合は13対3のまま終了し、僕は2打数1安打、盗塁2、得点1、エラー無しと、それなりに活躍したと思うが、大敗の前に霞んでしまった。

 

 試合後、ロッカールームで片付けをしていると、携帯電話が鳴った。

 静岡オーシャンズの北岡投手からだった。

 電話に出ると、開口一番、「よお、飯食いに行くぞ」と言われた。

 でも僕は高台選手とも約束がある。

 そう伝えると、「いいからいいから」と言われ、店の名前を告げられた。

 僕はロッカールームで高台選手の姿を探したが、どこにもいなかった。

 しょうがない。

 宿泊先のホテルに荷物を置き、タクシーで指定された店に行った。


 のれんを潜ると、そこは高級焼き肉店のようだった。

 奥の席に案内され、ドアを開けると、そこには北岡投手の他に、何と高台選手と杉田投手がいた。

 

「すぐこの店分かったか?」と高台選手。

「はい、タクシーで来ました。

 ていうか、どういう面子なんですか。

 ちょっと驚いているんですけど」

 そりゃそうだろう。

 今日の試合の勝ち投手と負け投手、そして高台さん。

 何でこのメンバーなんだ。

 

「ああ、俺と高台は大学時代からの知り合いだ」と北岡投手。

「それに打たれて落ち込んでいるであろう、杉田を誘ったという訳だ」と高台選手。

「いゃあ、静岡オーシャンズ打線は凄いっすね。

 また一から出直して来ます」と笑顔の杉田投手。

 これくらい図太くないと、プロではやっていけないのかもしれない。

 僕はある意味感心した。

 

 

 

   

 

 

  

 

 

 

 

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