第85話 ヒーローインタビュー

 試合は僕の奇跡(自分で言うのも何だが)のツーランホームランによって、泉州ブラックスが勝ち越し、そのまま終了した。


 試合終了後、チームの広報担当から、ヒーローインタビューがあるのでそのままベンチで待っているように言われた。

 敵地とは言え、プロ初のヒーローインタビューだ。

 何を話せば良いのだろう。


 やがて準備ができたようで、僕の名前が呼ばれた。

 グラウンドに出ると、四国アイランズファンが陣取っていた一塁側やライトスタンドはガラガラだったが、三塁側やレフトスタンドには多くのファンが残っており、大きな拍手で迎えられた。

 

「今日のヒーローは、延長十回表、試合を決める勝ち越しツーランホームランを打った、泉州ブラックスの高橋隆介選手です」

 ワー、パチパチパチ

 僕はかなり緊張していた。

 

「あの場面、どういうことを考えて、打席に立っていましたか?」

 うーん、何を考えていただろう。

 あまり思い出せない。

「サインミスだけはしないようにと、思っていました」

 我ながら、面白くもない回答だ。

 

「どんなボールを狙っていましたか」

 え、どんなボール?

 僕は緊張で頭がちょっとパニックになっていた。

「白くて丸いボールです」

 観客席から大きな笑いが起こった。

 

 アナウンサーは困惑の表情を浮かべていた。

「そ、そうですか。

 どんな球種を狙っていましたか。」

 どんな九州?

 ここは四国ではないのか?

「九州は熊本と宮崎と福岡に行ったことがあります。

 いつか長崎に夜景を見に行ってみたいです」

 また観客席から大きな笑いが起こった。

 何か変なことを言ったか?

 

 アナウンサーは苦笑いを浮かべ、「九州では無くて、球種です。狙っていた球の種類です」

 ああ、そういうことか。

「はい。変化球と真っ直ぐを狙っていました」

「そ、そうですか。

 つまりどんな球が来ても打とうと、決めていたということですね。」

 ナイスフォロー。

 良く考えると(考えなくても)、投手の投げる球は変化球と真っ直ぐ以外には無い。


「プロ入り初ホームランが、勝負を決める貴重なホームランとなったお気持ちはいかがですか」

「はい、うれしいです」

 うーん、うまく言葉が出てこない。

 

「これからも活躍を期待しています。今日のヒーローは勝負を決める勝ち越しホームランを打った、高橋隆介選手でした」

 アナウンサーが強引にヒーローインタビューを打ち切った。

 自分で言うのも何だが、初のヒーローインタビューはグダグダになってしまった。


 その後、記念撮影があり、三塁側やレフト側の泉州ブラックスファンの方へ挨拶に行った。

 大きな拍手で迎えられ、中には僕の背番号が入ったタオルを掲げてくれている人もいた。


 帰りのバスに乗り込むと、栄ヘッドコーチが笑いながら僕の頭を軽く叩いた。

「お前な、もう少しインタビューを受ける練習しろ。

 誰がヒーローインタビューでお前に九州の事を聞くんだ」

 どうやらバス内のモニターで、チームメートみんなで僕のヒーローインタビューの様子を見ていたようだ。

 

「すみません。聞き間違えました」

「それに白くて丸いボールって何だ。

 俺は長いことこの世界にいるが、今だに黒くて四角い野球のボールなんぞ、お目にかかったことは無い」

 僕らのやり取りを聞いて、バスの中は大きな笑いに包まれた。

 

 試合にも勝ち、プロ初ホームランも打ち、今日は良い日だ。

 少しチームにも溶け込めた気がする。


 ホテルに戻ると、彼女から携帯電話に着信が来た。

「友達からおめでとう、ってメールがいっぱい来てたから、何だろうと思ってスポーツニュース見たら、ホームラン打ったのね。おめでとう」

「ああ、ありがとう。

 自分でもまさかと思ったよ」

「ねぇ、ヒーローインタビューで何を話したの?、SNSで話題になっているそうよ。

 珍ヒーローインタビューって」

「あ、そう?、大したことは言っていないけどね」

「でも本当に良かったわね。

 移籍もしたし、開幕前にケガをして、どうなることかと思ったけど……。

 こんな日が来るなんて……」

 彼女の声は少し震えていた。涙ぐんでいるのか。

 

「そうだね。次はホームゲームだから、見に来てくれよな」

「ええ、必ず行くわ」

「まあその試合に出られれば良いけどね」

 というような会話をして、電話を切った。


 彼女との電話の後、携帯電話を見ると、LINEやメールで、高校時代や静岡オーシャンズ時代のチームメート、スタッフ、谷口、三田村、原谷さんなどドラフト同期、知人や友人、親戚から、沢山のお祝いメッセージが来ていた。

 それらを見ていると、ふつふつとプロ初ホームランの喜びが湧き上がってきた。


 だが喜ぶのは今日までだ。

 また明日から地道にやろう。

 寮の部屋で鏡に映る自分自身を見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

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