第86話 パーフェクトゲーム?
一軍に昇格して、一ヶ月以上経ち、季節は早くもシーズン終盤8月下旬を迎えた。
僕はというと、プロ初ホームランの後も相変わらず、トーマス・ローリー選手の控えに甘んじてはいたが、代走、守備固めで13試合に出場していた。
打席に立つことは少なく、ホームランの後は5打席で内野安打1本だった。
(シーズン通算では6打数2安打なので、打率.333。
二年連続で三割を狙えるかも)
まだ今シーズン、スタメン出場は無い。
というのもトーマスはこの時点でも打率三割を維持しており、ホームランもチーム2位の18本とセカンドの不動のレギュラーとして君臨していた。
だがそれでも僕はしぶとく一軍には残っており、金銭面でも年俸の他に約2百万円を手にしていた。
(年俸700万円と一軍最低年俸1600万円との差額、900万円を150日で割った金額、6万円が一軍登録1日あたり貰える)
そんなある日の午後、久し振りに谷口から携帯に電話があった。
その日は移動日であり、遠征先の新潟からホームゲームのために帰阪し、僕は久し振りに寮に戻っていた。
「おう、どうした。珍しいな、昼間に電話してくるなんて」
「おお、久し振り。
いきなりだけど、そこはインターネットの二軍中継見れるか?」
「二軍中継?、確か契約しているはずだけど」
「静岡オーシャンズの中継見てみろ。三田村がパーフェクトをやっている」
三田村が?
僕は電話を切り、慌てて談話室にあるパソコンを立ち上げて、IDとパスワードを入力した。
静岡オーシャンズと東京チャリオッツの二軍戦をやっていた。
試合は7回の表で、マウンドには三田村がいた。
キャッチャーは原谷さん。
点差は7対0で静岡オーシャンズが勝っている。
既にツーアウトで、相手バッターは三番打者だからまだパーフェクトを継続しているのだろうか。
三田村はしきりに肩を気にしている。
一球一球の間が長くなっているが、ノーボールツーストライクから真ん中低目へ直球を投げ込み、見事に三振を奪った。
これで7回までパーフェクトを継続したことになる。
あと2回だ。
マウンドを降りて、ベンチに戻りながら、三田村は肩を気にする素振りを見せていた。
原谷さんが何かを話しかけていた。
7回の裏の静岡オーシャンズの攻撃は三者凡退に終わり、8回のマウンドにも三田村は立った。
三田村は先頭バッターを三球三振に切って取った。
次のバッターは初球のストレートを打ったが、バットが真っ二つに折れ、ボテボテのピッチャーゴロとなり、三田村は余裕をもって一塁にトスした。
その次のバッターも三球三振。
この回は一球もボール球を投げていない。
三田村はまたも肩を気にするような仕草をしながら、マウンドを降りた。
どこか痛めているのか?
三田村はプロに入ってから、ずっと肩の故障に苦しめられてきた。
長身から投げ下ろす速球は、球速以上に速く感じる。
ケガさえ無ければ、今頃一軍で活躍していてもおかしくない能力を持っている。
実況のアナウンサーが言うには、二軍での完全試合は過去に四人しか達成者がいないとのことだ。
もし三田村が達成したら、17年振りらしい。
8回の裏、静岡オーシャンズの攻撃は三者凡退だった。
各打者は、三田村のペースを乱さないように敢えて早打ちをしているように見えた。
9回の表、三田村はマウンドに上がった。
三田村はマウンドに上がるとしばらくボールを見つめていた。
そして一度天を見上げると、ボールを持った腕を大きく空に向けて伸ばした。
東京チャリオッツの7番は一軍経験も豊富な平間選手だ。
今シーズンは故障もあり、二軍での出場が多くなっているようだ。粘っこい巧打者だ。
しかし三田村は全てストレートで空振りの三球三振に切って取った。
球速は三球とも150㎞/m後半であり、小気味よくキャッチャーミットに収まった。
8番打者はキャッチャーの一条捕手だが、ここで石田選手が代打としてでてきた。
プロ入り14年目を迎えるベテランだが、今シーズンは巨大戦力に押し出されて、二軍に甘んじていた。
この先のためにもここは結果を出したいところだろう。
初球、カットボールを打った。
だがまたしてもバットは根元から真っ二つに折れた。
ボテボテのキャッチャーゴロ。
難なく原谷さんが捌いて、これでツーアウト。
完全試合まで、あとワンアウトだ。
9番は大卒でプロ2年目の倉田選手。
だがここでも代打が告げられた。
出てきたバッターは何と角選手。
長打力があり、足も速い、球界きってのスター選手である。
どうやら右足の肉離れで戦列を離れており、昨日から二軍に合流したらしい。
ちなみに昨日の二軍戦では代打で出場し、いきなりホームランを放っている。
また戦列を離れる前は、一軍で打率.340、ホームラン21本を打っていた。
東京チャリオッツも、何とか完全試合を阻止したいという事だろう。
マウンドの三田村は、ボールを見つめて何か独り言を言っていた。
そしてもう一度天を仰ぎ、投球ホームに入った。
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