第83話 復活の狼煙
骨折から復帰して一カ月近く経ち、6月も下旬となった。
僕は復帰以来、大岡選手と併用のため、打席数は少ないが、二軍とは言え4割近い打率を残していた。
手の骨折だったため、腕を使ったトレーニングができず、バーベルを使ったスクワットやランジ、エアロバイクや階段昇降マシーンなど下半身中心のメニューばかりやったためか、下半身が安定し、打席でのブレが少なくなったと感じる。
それが打撃での好成績に結びついているのかもしれない。
二軍の四国アイランズ戦で、セカンドで先発出場し、二塁打を含む猛打賞を打った試合の後、ベンチで道具の片付けをしていたら、二軍のマネージャーに声をかけられた。
川崎二軍監督が呼んでいるとのことだ。
いよいよ一軍昇格か?
僕は期待に胸を膨らませて、監督室をノックした。
「どうぞ」
「失礼します」僕は部屋に入った。
川崎監督は現在、40代半ばと若く、現役時代は俊足の外野手であったが、一軍での通算出場試合は二百試合ちょっとと、それほど活躍はできなかった。
だが二軍の外野守備走塁コーチとなってから、指導者としての手腕を発揮し、一軍コーチを経て、2年前から二軍監督となった。
総じて選手に対する接し方は暖かく、時には一軍の首脳陣にもはっきりと意見を言うので、選手の間でも人望があった。
部屋に入ると、川崎監督は立ったまま、僕を迎え入れた。
「高橋。よく骨折から復帰したな。
開幕一軍間近の時に骨折して、さぞ失望しただろう。
俺はそれでもお前が前向きにトレーニング、リハビリに取り組んでいるのを見ていたし、試合復帰後も結果を残している。
だからお前はこのまま四国に残り、明後日からの一軍戦に合流しろ」
つまり一軍昇格ということだ。
「ありがとうございます」
「もう二度と戻ってくるなよ」
そう言って、川崎監督は僕の肩を叩いた。
「はい。精一杯暴れてきます」
「よし。期待しているぞ」
僕は深々と一礼をし、監督室を辞した。
プロに入ってから、これほど自信を持って、一軍昇格となったことはなかった。
今度こそ一軍定着してやる。
僕は体中から闘志がみなぎるのを感じた。
2日後、僕は一軍に合流した。
僕を見つけると、トーマス・ローリー選手が嬉しそうに近づいてきた。
「タカハシサン、マッテタヨ」
僕とトーマスはハイタッチをした。
トーマスは現時点でも打率.302と好調を維持している。
なお、僕と入れ替わりで泉選手が二軍降格となっていた。
四国アイランド戦、セカンドの先発はトーマスであり、僕はベンチスタートであった。
そして7回の表、1点ビハインドの場面でワンアウトからトーマスが同点のタイムリーツーベースを打ち、僕は代走を告げられた。
泉州ブラックス移籍後、初出場である。
それを知ってか知らずか、レフトに陣取っている泉州ブラックスの応援席が大きく沸いた気がした。
僕は二塁ベースに立った。
ようやくこの場所にたどり着いた。
骨折さえしなければ、もっと早くこの場に立っていたかもしれないが、これから溜め込んだ力を爆発させてやろう。
そう思った。
3対3の同点ワンアウト二塁、バッターは4番主砲の岡村選手である。
ここはその打棒に期待して、ランナーは動かさないだろう。
静岡オーシャンズなら、こんな場面でも平気で盗塁のサインを出してくるが、イケイケの泉州ブラックスはそんなチマチマしたことは…、するんだね。
ベンチを見るとサインは盗塁だった。
嘘でしょ?
岡村選手もベンチのサインを見ていたが素知らぬ顔で、打席に入った。
サインを見間違えたのでは無いだろうな。
一塁コーチャーに合図で確認したが、間違いないようだ。
四国アイランズの投手は、中継エースで球界のレジェンド左腕、宮越投手である。
捕手は強肩の清田捕手。
しかも三塁への盗塁。
困難な条件が揃っている。
岡村選手をバッターボックスに迎えた状況で盗塁は無いと、相手バッテリーが考えてくれていれば、チャンスはあるかも知れないが。
宮越投手は牽制球も上手だ。
三塁への盗塁を警戒しているようで、牽制球を3球立て続けに投げてきた。
初球、宮越投手が投げると同時に僕は三塁に向かって走った。
良いスタートが切れた。
岡村選手はわざと空振りしてくれた。
清田捕手が三塁へ送球するのが、横目に見えた。
僕は足から滑り込んだ。
三塁手が送球を捕球し、タッチにきた。
間一髪。判定は?
「セーフ」
僕は三塁ベース上で、大きく安堵の溜息をした。
あれ?
よく考えると、これ、僕のプロの一軍では初盗塁じゃないか?
オープン戦とか二軍の試合では良く走っていたから、あまり意識していなかったが、確かそうだ。
残すはプロ初ホームランか。
せめて一軍で1本くらいは打ちたい。
そう思った。
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