第78話 一軍に生き残りたい

 キャンプ中盤になると、ほぼ毎日紅白戦が行われる。

 この時期になると、キャンプも一軍と二軍に別れる。

 僕はというと……。

 

 見事、一軍に生き残った。

 セカンドのポジション争いは、泉選手、瀬谷選手、大岡選手、そして僕の4人となっている。

 自分で言うのも何だが、それぞれが決め手に欠き、横一線となっている。

 守備なら瀬谷選手、安定した打撃なら泉選手、長打力なら大岡選手、走塁なら僕。

 口の悪い記者やファンは、四人の長所を足し合わせても、黒沢選手一人に及ばないと言っている。

 正直、僕もそう思う。

 

 僕の立場としては、まだ開幕一軍のチャンスも、うまく行けば開幕スタメンのチャンスも残っている。

 だがその一方で漠然とした不安も感じていた。

 プロ野球のチームが、セカンドにポッカリと開いたこの穴をそのままにしておくものだろうか。


 紅白戦では僕は三割を越える打率を残し、守備でも堅実さをアピールした。

 エラーらしいエラーはしておらず、隙があれば盗塁も積極的にしていた。

 

 そしてキャンプは2月末で終了し、3月になるといよいよオープン戦が始まる。

 ここでもまた一軍の人数が絞られる。 

 今度も一軍に生き残れるか……。


 結果として、セカンドのライバルで二軍に落ちたのは、大岡選手だった。

 紅白戦ではホームランを2本打ったものの、打率が一割台で守備も安定感を欠いていた。

 

 僕はまたしても生き残った……。

 プロ入り初めて、一軍のキャンプを完走した。

 

 一軍と二軍ではやはり待遇が全然違う。

 ホテルもリゾートホテルだし、ビュッフェの種類も豊富で、質も良い。

 アメリカのメジャーとマイナー程の待遇の違いは無いかもしれないが、それでも一軍を経験すると、二軍には戻りたくないと思う。


 オープン戦の初戦は、川崎ライトニングパークでの川崎ライツ戦。

 泉州ブラックス一行は、沖縄から航空機で羽田空港に向かった。

 

「タカハシサン」

 球場に入り、ユニフォームに着替え、ウォーミングアップのためにグラウンドに出た時、 後ろから声をかけられた。

 

 振り向くと、そこにいたのは、何と昨年まで静岡オーシャンズにいた、外国人のトーマス・ローリー選手だった。

 隣には通訳を伴っており、革ジャンにジーンズ、頭にカウボーイハットのラフな姿だった。


 やっぱりね。そうだろうね。

 プロ野球のチームは大きな穴をそのままにはしておかない。

 つまり、静岡オーシャンズがリリースした、トーマス・ローリー選手を泉州ブラックスが獲得したのだ。

 トーマスは昨年は不振で静岡オーシャンズは契約を更新しなかったが、それでも打率.267、ホームラン11本を打っている。

 大リーグでも二桁ホームランを打った実績もあるし、日本でも一昨年は打率.293、ホームラン21本を打っていた。

 本職はセカンドであり、守備は時々ポカもやるが、ファインプレーもあり、決して下手ではない。


 セカンドを争っている、僕を含めた4人の中に、1シーズン一軍を完走した選手は1人もおらず、球団としても不安になったのだろう。

 この時期に選手を補強するには、トレードか新外国人選手の獲得しかない。

 そこで静岡オーシャンズを退団した、トーマス選手に白羽の矢が立てられたのだろう。


 僕らは通訳を介し、ベンチに座って少し話をした。

 日本での生活を大層気に入っていたが、静岡オーシャンズに契約延長されず、失意のうちにアメリカに帰った事。

 大リーグの招待選手として、キャンプに参加していたが、先日、マイナーリーグに落とされた事。

 そのタイミングで泉州ブラックスに声をかけられた事。

 知り合いのいないチームに行く不安があったが、タカハシが移籍したと聞いて、安心した事。

 だから今日、監督など首脳陣に挨拶を終えた後、僕が来るのを待っていた事。

 

「タカハシサントイッシヨデウレシイデス」

 トーマス選手は片言の日本語でこう言った。

 僕は二軍生活が長かったので、トーマスと一緒にプレーした時間は少ない。

 だが同じポジションだったこともあり、通訳を介してだが、何度か話をしたことはある。

 僕が初ヒット(記録は2本目だが)を打った際も、ベンチでハイタッチをした。

 ポジション争いの強力なライバルではあるが、気の良い男である。

 まあ、僕としてもチーム内に1人でも知り合いが増えたのはありがたい。

 一緒に一軍に残れればより良いが。

 

 

 

 


 


 


 

 


 

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