第75話 さあ新シーズンだ

 フロリダから帰国した翌日、僕は早速、泉州ブラックスの寮に入った。

 年末には引っ越しを終えていたが、すぐに年末年始の休寮期間となったし、年明けすぐにフロリダでの自主トレへ行ったので、実質的な入寮は今日からとなる。


 寮の部屋は、静岡オーシャンズ時代よりも一回りくらい大きく、10畳くらいの広さがある。

 設備も静岡オーシャンズの寮と遜色なく、トレーニング室には最新の機器が揃っていたし、室内練習場とも渡り廊下でつながっていた。

 一つ大きな違いがあるとしたら、大体の共有部分の壁の色や、器具の色がチームカラーである黒で統一されていることだろう。

 静岡オーシャンズではライトブルーの箇所が多かったが、泉州ブラックスの施設はとにかく黒が多い。夏は相当暑そうだ。 

 

 寮には既に新入団選手も含めて、三分の二位の選手が戻ってきていた。

 昨夜のうちに、寮に在室していた選手には一通り挨拶した。

 

 ほとんど知っている選手はいなかったが、高卒四年目の右腕、杉田投手は高校時代に全国大会で対戦したことがあり、顔見知りであったので、挨拶がてら少し話をした。

 

 また、昨秋のドラフト4位で社会人野球を経て入団した、富岡外野手も面識は無いが、話したら同世代であった。

 高校時代、甲子園に投手として出ていたようだが、僕がいた群青大学付属高校とは対戦が無かった。


 翌朝から僕は自主トレを再開した。

 ウォーミングアップの後は、二軍のマネージャーに仲立ちしてもらって、若手野手の合同自主トレに混ぜてもらった。


 メンバーは高卒5年目の金沢外野手、高卒3年目の石川内野手、大卒3年目の本郷内野手、同じく大卒3年目の南台外野手、大卒2年目の大岡内野手の5人だ。

 恐らく、ポジション争いのライバルとなる僕を快く迎え入れてくれ、とても有り難く感じた。

 

「しかし、高橋君も大変だよな。急に人的補償と言われたんだろう?」と本郷選手。

 ポジションはサードとのことだ。

 今は午前中のメニューが終わり、寮の食堂に向かうところだ。

 

「はい、正直なところ、青天の霹靂でした…」

「そりゃそうだよな。

 黒沢さんもフリーエージェントしてから、かなり悩んでたな。

 納会の時もまだ決めてないと言っていたし。

 金か夢か。究極の選択だな」と南台選手。

 そして後ろにいた大岡選手の方を向いて、「お前ならどっち選ぶ?」と聞いた。

「そうすっね。俺なら間違いなく東京チャリオッツを選びましたね」と大岡選手。

「すげぇよな、50億なんて、俺の年俸の百年分だ。」

「あれ?、いつから年俸5千万円になったんですか?」

「あ、間違った。三百年分以上だった」

「静岡オーシャンズは幾ら出したんだっけ?」と金沢選手。

「確か6年25億円プラス出来高と報道されていました」と答えた。

「それだって凄い額だよな。

 金より夢を選んだと言われているけど、俺らからしたら金も夢も手にした、って感じだな」と本郷選手。

「で、犠牲になったのが高橋君、というわけか」と南台選手。

 別に僕は犠牲になったとは思っていなかったのだが、愛想笑いを浮かべた。

 まあ見方によってはそう見えるかもしれない。


 昼食後は、いきなり打撃練習だった。

 バッティングピッチャーに投げて貰い、その後バッティングマシーンを使用した。

 泉州ブラックスは伝統的に強打のチームである。

 だからバッティング練習に力を入れているのだろう。


 その後は、筋トレ。

 トレーナーにメニューを作って貰って、じっくりと2時間ほどやった。

 フロリダでは下半身強化のメニューが多く、あまり上半身の筋トレをやらなかったので、残りの自主トレ期間はその辺を重視したい。


 僕はフロリダ最後の夜に、黒沢さんから聞いた話を思い出していた。

 「君には将来、レギュラーを張れる素質がある。

 これからは是非、どうしたら一軍に出られるかではなく、どうしたらレギュラーを取れるか、一流選手になれるか、という視点を持って練習に取り組んで欲しい」


 レギュラーを取るため、攻守走全てにレベルアップが必要だが、僕の一番の課題はバッティングだろう。

 筋トレしても、一朝一夕にパワーがつくわけでは無い。

 だが少しずつでもレベルアップしていこう。

 そうすればいつか黒沢さんのようになれるかもしれない。

 

 僕は黒沢さんのプロ入り後の打撃成績をプリントアウトした紙を見た。

 黒沢さんがレギュラーを取ったのは、高卒ドラフト5位で入団して5年目、23歳の時。

 105試合に出場し、打率.267、ホームラン6本、打点34。

 僕はまだまだ自分の可能性を狭める年齢ではない。

 僕はトレーニングルームの壁に掛かっている鏡に写った自分自身を見ながら、改めてそう思った。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 



 

 


 

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