第69話 素晴らしい仲間たち
「なぜ僕が選ばれたのでしょうか」
「正直なところ、我々としてもちょっと予想外でした。
リストには他にも内野手が入っていましたし、一軍で実績のある選手も何人か入っていました」
そこで東田GMは僕にコーヒーをすすめ、自分も一口飲んだ。
「泉州ブラックスのセカンドは長らく黒沢選手がフル出場していました。
だから内野手、特にセカンドが手薄のようです。
また泉州ブラックスは強打のチームですが、機動力がウィークポイントです。
それらを考慮して、セカンドを守れて、足が速い高橋選手が選ばれたのだと私は思います」
そこで東田GMは一度話を切った。
「一つだけ、伺っても良いでしょうか」
少しの沈黙の後、僕が口を開いた。
「何でしょうか」
「正直な所、黒沢選手が入って、ドラフトで吉川選手を獲得して、僕の立場は苦しくなったと感じていました。
僕は来期の戦力構想に入っていたのでしょうか?」
東田GMはちょっと困ったような顔をして、天井を見上げた。
やがて意を決したように話だした。
「そうですね。正直な事を言うと、戦力構想からは外れつつありました。
黒沢選手を獲得し、社会人出身の吉川選手が入団した事で、チームとしてセカンド、ショートがだぶついていたのは否めません。
バックアップ要員としても、経験豊富な飯田選手、勝山選手、野田選手もいるので、一軍では厳しいと思っていました」
やはりそうか。
薄々感じてはいたものの、はっきりと言われるとやはりショックだ。
「泉州ブラックスへの移籍は、高橋選手にとっても大きなチャンスだと思います。
どうですか。受けてくれますか」
どのみち僕には選択の余地は無いのだろう。
確かにこのまま静岡オーシャンズにいるよりもチャンスなのは間違いない。
「はい。泉州ブラックスにお世話になります」
東田GMはちょっとホッとしたような表情をして、頷いた。
「ありがとうございます。
いつかフリーエージェントの資格を取って、静岡オーシャンズに戻ってきて欲しい。
そういう選手になることを期待しています」
東田GMは立ち上がって握手を求めてきた。
僕も立ち上がり、握手をした。
そうだ。
泉州ブラックスで活躍して、いつかフリーエージェントの資格を取ろう。
静岡オーシャンズに是非、僕に戻ってきて欲しい、そう言われる選手になってやろう。
僕は決意を新たにした。
寮に戻ると、自主練習を終えた谷口と三田村、原谷さんがロビーで待っていた。
「どうだった?」原谷さんが僕に尋ねた。
「やはり人的補償でした。
泉州ブラックスに行きます。」
「そうか……。でも隆に取ってはチャンスだと俺は思うぞ」と谷口。
三田村は何も言わず黙っていた。こいつにしては珍しい。
「そうだぜ。泉州ブラックスは隆に取って地元にも近いし、チャンスも多分増えるし、良かったんじゃないか」と原谷さんが明るく言った。
「そうですね。
僕に取ってはチャンスですよね。
実家に近くなるし、しょっちゅう彼女にも会えるようになるし、良いことばかりですよね。」と僕は自分に言い聞かせるように言った。
だが何故だ。
何故、目の周りが熱くなっているのだろう。
僕は自分自身に戸惑っていた。
「俺は寂しいよ」
三田村がようやく口を開いた。
目には涙が貯まっていた。
「俺は隆がいなくなるの、寂しいよ」
谷口が三田村の肩を叩いた。
「俺だって同じだよ、三田村」
見ると谷口の目も潤んでいた。
「こらこらお前ら。隆の門出だぜ。笑って送り出そうぜ」
そう言って笑いながら、原谷さんは三田村と谷口の肩を叩いた。
しかし僕は原谷さんの目の奥にも光るものを認めた。
「俺ら、いつまでもドラフト同期組だ。どこのチームに行っても、引退しても。飯島さんも含めてな」と原谷さん。
「そうだ。チームは替わっても、俺らが同期なのに代わりはない」と谷口。
「ああ、チームは異なっても俺らは仲間だ」と三田村。
何なんだよ。
何でそんなに良い奴らばかりなんだよ。(年上の原谷さんも含めて)
僕は改めて静岡オーシャンズに入ったこと。
そして素晴らしい仲間に出会えた事に感謝した。
そうだ。
高校時代だってそうだった。
個性が強い奴が多く、喧嘩も良くしたし、性格が合わない奴もいた。(山崎とか)
もし野球をやっていなければ、そんな仲間に出会う事も無かったし、話すことも無かったかも知れない。(特に山崎)
だけど今だに集まれば、直ぐにあの頃に戻れる。
プロに入って3年間。
僕は二軍暮らしが長かったけど、ドラフト同期組とは切磋琢磨してきた自負がある。
やっぱり野球は素晴らしい。
例え性格が合わなくても、野球を通して仲間ができる。
チームが替わっても僕はまだ野球を続けることができるのだ。
新しいチームでも、きっとまた新しい仲間ができる。
よしやってやろう。
僕は気持ちを新たにした。
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