第68話 ブラックフライデー

「どうした。顔色悪いぞ。」

 宴会場に戻ると、元セカンドの葛西が僕に言った。

「飲み過ぎか?」と平井。

 

「静岡オーシャンズの東田GMから電話があった」

「やっぱり戦力外か」と山崎が嬉しそうに言った。

「いや、理由は教えてくれなかった」

「トレードか?」

「まさか。二軍半のセカンドを欲しがるチームはないだろう」と山崎。

 心にグサッと来たんですけど。

「いや、足だけは速いから、欲しがるチームもあるかもよ」と平井。

 あのな、一応三割バッターなんだけど。

 

「トレードだとしたら、どこだろう。」

「札幌がいいんじゃないか。

 梅雨が無いって言うし、食べ物も旨いし。」

「四国や岡山もいいよな。瀬戸内海、一度行ったけど、綺麗だったぜ。」

「俺は新潟がいいかな。」

「いやいや火の国、熊本もいいぞ」

「意外なところで川崎かもよ。

 東京にも横浜にも近く、公園も多く住みやすいと聞くぜ」

 君たち、勝手な事を言わないでくれるかな。

 旅行じゃないんだぜ。

 僕なりに不安で仕方がないんだけど。


 一次会が終わり、僕と結衣は二次会には行かず、駅前の喫茶店に入っていた。

 今日はこれ以上、騒ぐ気分ではなかった。


「本当に何の話かしらね。」

「うーん。いい話では無いだろうな。トレードか。もしくは……。」

「何か心当たりあるの?」

「うん。黒沢選手がフリーエージェントしただろう。

 フリーエージェントで出て行かれたチームは、獲得したチームに保障を求める事ができるんだ。

 金銭補償として、その選手の年俸の80%か、金銭補償40%プラス人的補償、つまりリストから選手を1人獲得のどちらかを選ぶことが出来るんだ。」

「そのリストって、どんな選手が入っているの?」

「プロテクトと言って、28人までリストから外すことができるけど、それ以外の選手がリストに入るんだ」

「もしかして、その人的補償に隆が選ばれたとか」

「さっきからその可能性を考えていたんだ。

 でもそれなりに一軍で実績がある選手もリストに入っているだろうから、僕みたいな二軍選手を選ぶかな」

「でも泉州ブラックスは黒沢選手が抜けるんでしょ?

 もしかして内野手が手薄になって、隆を選んだとか」

「うん、僕もそれを考えていたんだ……」

 暫く僕と結衣は沈黙した。

 

「正直言って良い?」

 やがて結衣が口を開いた。

「うん。何?」

「もし泉州ブラックスに入るなら、私嬉しいな。

 これまでより近くなるから、応援に行きやすくなる」

 結衣が住んでいる街から、泉州ブラックスの本拠地のブラックスタジアムは電車で1時間もかからない。

 確かにその点はいいかもしれない。

 だが僕は静岡オーシャンズにドラフト7位で指名してもらい、3年間やってきた。

 ドラフトで指名されるか微妙だったので、静岡オーシャンズが指名してくれなければ、プロに入れなかったかもしれない。

 恩もあるし、何よりチームに愛着もある。

 杉澤さん、竹下さん、原谷さん、谷口、三田村、引退したけど飯島さん。

 同期入団の良い仲間にも恵まれ、他のチームメートとも関係は良好だ。

 だから静岡オーシャンズから離れたくないというのが、正直な気持ちだった。

 

 翌日は金曜日だった。

 僕は着慣れない一張羅のスーツを着て、駿河オーシャンスタジアムに隣接した球団事務所に行った。

 これまで契約更改は寮で行っていたので、入団会見以来、ほとんど球団事務所の中に入ったことはなかった。

 女性職員が応接室に案内してくれ、暫く待つように言われた。

 

 応接室には静岡オーシャンズの過去の優勝旗のレプリカやトロフィー、写真、歴代の名選手のサイン入りの写真等が飾られていた。

 僕は応接室に入り、立ったまま待った。緊張していた。

  

「やあ、お待たせしました」

 5分もしないうちに、東田GMが部屋に入ってきた。

 年齢は50歳くらいだろうが、長身で体つきは引き締まり、高級そうなスーツ、時計が良く似合っていた。

 さすがアメリカのMVPのエリートだ。

(作者注:しつこいですが、MBAの間違いです)


「すみませんね、オフに球団事務所まで来て貰って」

「いえ。大丈夫です」

「どうぞ、座ってください。」

 僕は奥側のソファーを進められ、座った。

 フカフカして座り心地が良い。

 

「今シーズンはプロ初ヒットも打ったし、飛躍の足がかりになりましたね」

「はい、ありがとうございます」

「トレーニングは続けているのかな」

「はい、球団施設を使わせて頂きながら、トレーニングを継続しています」

 東田GMは深く頷いた。

「若いうちはあまりオフを作らない方がいいですね。

 ベテランになると、逆にいかにオンオフのメリハリを付けるかが重要になってきますが」

 そこで先ほど案内してくれた女性がコーヒーを持ってきてくれた。


 暫く世間話をした後、東田GMは本題に入った。

「話というのは他でもない。

 我がチームは黒沢選手を獲得したのは知っていますね」

「はい、ニュースで見ました」

「その人的補償として、泉州ブラックスは君を選びました」

 やはり、そうか。

 僕は予想をしていたものの、実際に告げられるとやはりショックだった。

 


 

 

 

 

 

 

 

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