第67話 中華料理屋にて

 11月半ば、寮で契約更改があった。

 今回も相手の球団職員は、小太りの方と痩せ型の精悍な顔つきの方の二人だ。

 

「プロ初ヒットおめでとう。

 逆転タイムリーがあったから、その分は査定に反映させておいたよ」と痩せ型の方が言った。

 統一契約書の金額を見ると、700万円となっていた。

 今年よりも200万円のアップだ。

 僕は心の中で小さくガッツポーズした。

 我が家のハムスター、もとい妹の学費よりもアップ額が多い。

 

「今年は契約するけど、来年はこのままでは危ないよ。

 黒沢選手も入ってくるし、我々も今後も新しい選手をドラフトで取る。

 今まで以上に頑張らないとね」と小太りの方が言った。

 「そんな事、言われなくてもわかっていますよ」と言いたいところだが、素直に「はい、頑張ります」と言った。

 僕も大人になったものだ。


 ファン感謝デー、選手会ゴルフ(見事ブービー賞を獲得した)、納会が終わり、12月からはシーズンオフになる。

 もちろん僕のような選手は、海外や温泉でオーバーホールをするような立場でもお金も無いので、引き続き球団施設で練習を継続した。


 12月には恒例の高校時代の愚連隊のような連中(元野球部)との忘年会がなじみの中華料理屋である。

 今シーズン山崎は、更に成績を伸ばしたので、どんな嫌みを言うか楽しみだ。

(登板数27試合、10勝7敗、防御率3.27)

 人に嫌われるのを恐れない、あの性格は一般社会では軋轢を生むだろうが、プロの世界ではそれくらい図太くないと生き残れないのかもしれない。

 

「おう、隆。トライアウトはどうだった?」

 開口一番それか。

 嫌な奴度合に磨きがかかったようだ。

「うるせぇ。俺はまだクビになってない。

 て言うか、三割バッターだぜ。」

 

「悪かったな。一割バッターで」と平井が口を挟んできた。

 平井は今季、ホームランを二桁に乗せた。

(51試合打率.151、ホームラン10本、打点19)


「いやいやお前も凄いよ。ヒットの半分以上がホームランって、中々いないぜ。」

「そんな奴を一軍で使うチームはもっと凄いけどな」

「よっ、ミスターソロホームラン」

「ミスターダメ押し、もといミスター焼け石に水」

 さっきからディスりあっているけど、これは何の会だ。

 

「遅くなってごめんなさい。

 ちょっと実習が長引いて」

 そう言って、会場に入ってきたのは、元マネージャーで僕の彼女、水嶋結衣だ。

 これで殺伐とした、むさ苦しい空気が和らぐだろう。

 

「おう、隆の元カノじゃないか」

「誰が元だ」

「時間の問題だろ。

 結衣ちゃん、俺と付き合わない?

 間もなく無職になる隆よりも、一流プレーヤーの俺との方が良い生活を送れるよ」と山崎。

 自分で一流プレーヤーを名乗る。さすが山崎。


「例え百億円あっても、山崎君と付き合うなら、死んだ方がマシだわ」とレフトを守っていた新田が、結衣の口調を真似て言った。

「俺だって遠慮する。新田と付き合うくらいなら、喜んで毒薬飲むぜ。どう、結衣ちゃん、考えといて」

「山崎クン、その汚い口にそろそろチャックしようか」と言いながら、僕は山崎の茶碗にビールを注いでやった。

 

 とまあ、いつも通り会は和やかに進んでいった。

 宴もたけなわになった頃、僕の携帯電話が鳴った。

 知らない番号だった。


 僕は一旦店の外に出て、携帯電話の通話ボタンを押した。

「はい、高橋です」

「今晩は。夜分申し訳ない。

 静岡オーシャンズGMの東田だけど、今大丈夫かな?」

 東田GM?

 これまでほとんど話した事がない。

 入団会見の時くらいだ。

 背が高く、高そうなスーツを着ていた印象がある。

 何でも外国の大学でMVPを取ったエリートだそうだ。

(作者注:彼はMBAの事を言っているようです)

 

「はい、大丈夫です。」

「単刀直入で申し訳ないけど、明日13:00に球団事務所に来てくれないかな。」

「球団事務所ですか? 何故でしょうか。」

「理由は電話では言えないけど、とにかく来て欲しい。どうかな」

 明日は午後から結衣と会う約束をしていたが、しようがない。

「はい、わかりました」

「じゃあ、事務所で」

 

 僕は通話が切れた携帯電話の画面を眺めながら、会話の内容を思い返した。

 明日、球団事務所に来てくれ。

 何の用だろう。

 戦力外通告の期間は終わっているし……。

 

 そこで僕は思い至った。

 もしかして。トレード?

 あり得る気はした。

 黒沢選手の獲得により、内野手はだぶついている。

 しかしまだ一軍に定着すらしていない僕なんて、トレードの駒として使えるのだろうか。

 僕は中華料理屋に戻りながら、そんな事を考えた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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