第66話 一丁目と二丁目
「やっぱり電話かけてきたな。
そろそろ来ると思っていたぜ。」
電話口でダミ声が響いた。
良く考えると山城元コーチと電話で話したのは、初めてかもしれない。
声が大きくて耳元に響く。
「しかしえらいことになったな。
よりによって黒沢か。
お前に勝ち目はないな。」
「そんな他人事みたいに言わないでくださいよ。
どうしたら良いか、悩んでいるんですから。」
「いやいや、俺に取っては百パーセント他人事だろう。
知っているか。人の不幸は蜜の味ってな」
「自分の不幸は苦いですよ」
「まあそうだろうな。で、相談って何だ」
僕は事情を話した。
「なるほどな。ハッキリ言って、二塁で勝負、外野へ挑戦。
どっちを選んでもお前に取ってはイバラの道だ。
言うなれば、地獄の一丁目と二丁目の違いみたいなもんだな」
「山城さんはどっちが正解だと思いますか?」
「わかりきったことだ。どっちを選んでも不正解だ。
ちなみにショートやサードに挑戦するのも正解とは思えない」
そこで山城さんは言葉を切った。
「お前の腹はどうなんだ。どうしたいんだ」
「僕は二塁で勝負したいです」
「試合に出れなくてもいいのか。勝ち目はないぞ」
「目指すべき目標はハッキリしていた方が良いと思うんです。
要は黒沢さんを上回れば、球界を代表する選手になれるって事ですよね。」
山城元コーチは大きくため息をついた。
「お前な。理屈ではそうだが、それが至難の業だろう。
やはりお前は俺が見込んだだけのバカだけある。
ある意味感心したよ。
それくらいバカで無いと、黒沢に挑もうなんて思わないよな。
そうだな、精一杯やってみろ。
そして思いっきり後悔しろ」
「はい。一生懸命やって、いつか思いっきり後悔します」
「わかった。お前がクビになったら、就職先くらいは探してやるよ」
「はい。ありがとうございます」
「だが、お前が黒沢に勝っていることが一つだけある。何だと思う?」
「顔ですか?」
「バカ。顔で野球するわけじゃないだろう。
お前が黒沢に唯一勝っているのは若さだ。」
「バカにしているんですか?
僕だってそれくらい分かっていますよ。」
「いいか、黒沢は今29歳で、お前は22歳だろう。
黒沢だって後、7、8年もしたら、嫌でも体力の衰えがやってくる。
もし、お前がクビにならずに生き残っていたらその頃は丁度、選手として脂の乗っている時期だ。」
「7、8年ですか。長いですね」
「もしお前がその間、弛まず牙を研ぎ、爪を磨き続ければ、いつか黒沢に取って代わることができるかもしれん」
「はい」
「臥薪嘗胆だ」
「はい」
「ということだ。頑張れ。じゃあな。」
「山城さん、一つ聞いて良いですか?」
「ん?、なんだ。」
「がしんしょーたん、って何ですか」
大きなため息が聞こえた。
「自分でググれ。じゃあな」と言って、電話が切れた。
山城さんと話して決意が固まった。
やはり僕は二塁で勝負しよう。
例え試合出場の機会が少なくとも、自分の得意なポジションで勝負しよう。
プロで生き残るためなら、複数のポジションをできるようにした方が良いだろう。
そしてその方がチームに取っても役に立つだろう。
だがそれでもセカンドで勝負したい。
例え後からこの決断を後悔したとしても。
僕は決意した。
翌日、谷津コーチの所へ行った。
「僕はやはりセカンドで勝負したいと思います。」
「そうか。わかった」
谷津コーチは静かに肯いた。
「お前の野球人生だ。
悔いの無いようにやれば良い」
谷津コーチの表情からは、僕の選択についてどう考えているか読み取れなかった。
後日、内沢選手がファースト、足立がサードへのコンバートがチームミーティングで告げられた。
だがライバルが減ったからと言って、僕の出場機会が増えるとは思えない。
何しろ黒沢選手はケガにも強く、ここ数年はほとんど全試合に出場している。
足も速く、守備も上手なので、代走、守備固めも不要である。
もっとも内野の守備固めなら、飯田選手や勝山選手がいるので、僕の出番は無い。
恐らく黒沢選手がケガでもしない限り、二軍に塩漬けだろう。
それでもいいさ。
僕は決意を新たにした。
しかし、僕にとっての激動のオフはまだ始まったばかりだった。
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