第65話 今後の身の振り方
黒沢選手が入団を決意する数日前に、ドラフト会議があった。
静岡オーシャンズのドラフト1位は、社会人左腕の田部投手。
そして2位は大卒で強肩、強打の重本捕手。
そしてドラフト3位で社会人の吉川内野手を指名した。
守備力が社会人野球ナンバーワンとの評判であり、本職はセカンドということだ。
正直、吉川選手の入団だけでも、協力なライバル誕生と思っていた。
そこに加えて、僕にとってまさかの黒沢選手の入団である。
黒沢選手の入団により、群雄割拠のセカンドのポジション争いに終止符がうたれるだろう。
トーマス・ローリー選手の退団でチャンスが来た、と思っていた自分がいかに甘かったか、思い知らされた。
プロ野球チームは翌期に向けて、穴をそのままにはしておかない。
しかし、よりによって、セカンドのライバルが12球団屈指の名選手の黒沢選手とは。
僕は絶望を感じずにはいられなかった。
十一月に入ると、二回目の戦力外通告の期間がやってくる。
僕は正直、不安だった。
ここ数日で状況が変わった。
セカンドの候補者は多くいる。
はっきり言って余剰となっている。
かってのドラフト1位、内沢選手、守備名人の飯田選手、長打力のある野田選手と高卒二年目の足立。そして僕……。
この中で僕が一番最初に戦力外になっても不思議はない。
ただでさえ、僕はドラフト下位入団だ。
それ程期待されての入団ではない。
僕は戦力外通告の期間が終わるまで、不安な毎日を過ごした。
寝ると何度も戦力外通告を受ける夢を見た。
真夜中起きて、夢だったことに気づき、心から安堵した。
少しでも時間があると、不安な気持ちが湧き上がるので、僕はこれまでにも増して練習に取り組んだ。
そして、静岡オーシャンズは追加で2人の選手に戦力外通告を行った。
今回、僕はその中に入らなかった…。
何とか1年、生き延びた。
秋季キャンプ中の半ばを過ぎたある日、僕は谷津二軍内野守備コーチから呼び出された。
何だろう。
谷地コーチから戦力外通告を受けるとも思えないし、そもそも戦力外通告期間は終わっている。
僕は不安な思いを抱えながら、谷地コーチが待つコーチ室のドアを叩いた。
谷津コーチは単刀直入に用件を言った。
「お前に外野へコンバートの話があるが、どうする?」
要は黒沢選手がフリーエージェントで加入し、内野のポジション争いが激化したので、比較的手薄な外野へコンバートすることで、出場機会が増える、ということだ。
「考えさせて下さい。」と僕は言った。
確かに外野も守れた方が、出場機会は増えるだろう。
僕には足がある。
だから外野守備にも活かせるかもしれない。
便利屋になるか、専門家になるか。
どっちの方がプロで生き残れるだろう。
かって山城元コーチは退団する最後に、「外野へのコンバートの話があっても断れ」と言っていた。
しかし今はそんな事を言っている場合ではない気がする。
もちろん、セカンドまたはショートでプロとしてやって良ければ最高だ。
だがこういう状況になったら、如何に試合に出るかが重要だ。
プロとして生き残るのが一番大事なのだ。
僕は暫く考える時間をもらうこととし、コーチ室を辞した。
寮に戻り、谷口の部屋に行った。
谷口の部屋は殺風景というか、テレビすらない。
あるのは備え付けのベッドとクローゼット、筋トレのためのバーベルとプロティンの袋。
野球関係の本が並んだ本棚だけであった。
「で、お前はどう思う?」
「うーん。こう言ったら何だけど、お前と同じような選手は、うちのチーム多いからな。
外野へ来ても出場機会が増えるか分からんぞ。」
確かに静岡オーシャンズの外野手は、但馬選手、西谷選手、竹下選手と俊足の選手が揃っている。
その中に僕が入って特長を生かせるだろうか。
外野手に肩の強さも求められる。
僕は肩は平凡だ。特別強くはない。
そして外野手には打撃も求められる。
そう考えると、僕が外野手に転向したとして、出場機会が増えるとも思えなかった。
「ライバルが増えるから、言うわけじゃないけど、お前は外野に来ない方が良いと俺は思うぜ」
「うーん。なるほどな。ありがとう。参考になったよ」と言って、僕は谷口の部屋を出た。
このまま内野手でいてもお先真っ暗だし、外野手に転向してもイバラの道だ。
こういう時こそ、あの人の出番だ。
僕は早速、電話をかけた。
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