第64話 青天の霹靂?

 プロ野球にはフリーエージェント宣言というのがある。

 国内フリーエージェントであれば、高卒は丸8年、大卒は丸7年、一軍に登録されれば資格を取得でき、フリーエージェント宣言をした選手は他球団と自由に入団交渉することができる。

 ちなみに1年は145日で換算され、僕はまだ30日にも満たない。

 

「泉州ブラックスの黒沢内野手がフリーエージェントを申請しました。」

 僕はテレビでそのニュースが流れた時、寮の食堂で夕飯を食べていた。

 ふーん。黒沢選手がフリーエージェント申請か。

 きっと凄い金額になるんだろうな。

 僕は1人のプロ野球ファンのような気持ちでそのニュースを聞いていた。

 

 黒沢選手は強打の二塁手であり、球界でもトップレベルの内野手である。

 まだ29歳なのに、フリーエージェントの資格を取れるということは、若いうちから活躍したからに他ならない。

 今シーズンは打率.323、ホームラン27本、打点112で打点王を獲得し、盗塁も21個で守備も上手く、日本球界屈指の5ツールプレイヤーである。

(ちなみに5ツールとは、「ミート力」「長打力」「走力」「守備力」「送球力」の5つの能力を指し、これを全て満たす選手を5ツールプレイヤーと呼ぶ)


 どの球団も黒沢選手を欲しいだろうが、恐らく年俸も1年5億円くらいになると言われており、資金力のある球団しか手を出せないだろう。

 となると東京チャリオッツか、京阪ジャガーズ、仙台ブルーリーブスあたりしか、手を上げられないだろう。

 だから僕は半ば他人事のようにニュースを聞いていた。

 

 京阪ジャガーズが4年20億円を提示したというニュースが流れた翌日、東京チャリオッツが、黒沢選手に5年で30億円を提示したという情報が出た。

 

 5年で30億円?

 1年平均で6億円だ。

 僕の年俸が500万円だから、僕120人分ということか。

 ため息すら出ない。


 更に数日後、仙台ブルーリーブスが7年40億円プラス出来高を提示したという情報が流れた。

 おいおい……。

 想像がつかない。

 宝くじ一等の何回分だ。


 すると更に驚くべきニュースが飛び込んできた。

 何と我が静岡オーシャンも獲得に名乗りを上げたのだ。

 黒沢選手は静岡出身であり、地元のスター選手を是非とも獲得したいということか。

 だが静岡オーシャンズは決して資金力がある球団では無い。

 マネーゲームでは勝てないだろう。

 実際、我が静岡オーシャンズの提示額は6年25億円プラス出来高と報道されており、他のチームとは条件面では太刀打ちできない。


 その後、東京チャリオッツが、出来高を含めて、総額7年50億円規模に提示額を見直したというニュースが流れた。

 これで決まりか。

 そう思った。

 そしてその三日後、更に驚くべきニュースが流れた。

 

「黒沢選手が静岡オーシャンズへの入団を決断しました。」

 え?、まさか。

 だって提示額は東京チャリオッツと比べても大きく差がある。

 さすがに誤報だろう。


 ところがその日の午後から黒沢選手が記者会見を行うとの情報が流れた。

 

 嘘だろ。

 もし黒沢選手が静岡オーシャンズに来たら、僕なんかほとんど試合に出られなくなる。

 しかも6年契約?

 最低6年はセカンドのレギュラー確定という事だ。

 そうなると最早、守備固めや代走しか僕の生きる道は無い。

 もしくは違うポジションを狙うか。


 しかし静岡オーシャンズのショートは大卒二年目の新井選手ががっちりレギュラーを掴んでいるし、サードもチームキャプテンの戸松選手がいる。

 ファーストはただでさえ、清水選手がいるし、新外国人選手も獲得するかもしれない。

 僕は冷たいものが、額と背中を流れるのを感じた。


 そして午後からの記者会見。

 報道通り、黒沢選手が静岡オーシャンズに入団することが発表された。


 記者会見で黒沢選手は、自分が母子家庭だったこと。

 母親は厳しい家計から、静岡オーシャンズのファンクラブの会費を出してくれたこと。

 子供のファンクラブ会員は毎試合、タダで自由席に入れたので、毎試合見ることができ、静岡オーシャンズの大ファンになったこと。

 静岡オーシャンズの試合を見る事が子供の頃の最大の楽しみだったこと。

 将来、静岡オーシャンズに入ることが夢だったこと。

 そして、母親が高齢になり、近くにいたいこと。

 そのように静岡オーシャンズを選んだ理由を、自分の言葉ではっきりと話していた。


 マスコミも金よりも夢を選んだ男、ということでかなり好意的に報道した。


 そして静岡オーシャンズファンも、選手達も黒沢選手の選択を大歓迎した。

 僕の他、セカンドを争っている一部の選手を除いて。


 

 

 

 

 


 

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