第62話 終わりよければ全てよし

 牽制球を2球挟んでの初球。

 高目のストレートを谷口は見送った。

 ボールワン。


 2球目。

 倉田投手は僕の方を振り返って見たが、牽制球は投げずにそのまま投球した。

 僕はスタートを切った。

 最高のスタートを切れた。

 よし、盗塁成功だ。

 そう思った瞬間、快音が響きわたった。

 谷口がフォークを捉えたのだ。

 僕は二塁ベース上であんぐりと口を開けて止まった。

 というのも谷口の打球は鋭いライナーでセンター中段に突き刺さったのだ。


 あの野郎。

 僕のプロ初盗塁を消しやがって。

 谷口は打球の行方を確認すると、軽く拳を握り、小さくガッツポーズをして、走り出した。


 球場内にこれまで聞いたことがないくらいの大歓声が響き渡った。

 僕はホームインして気づいた。

 そうか、これでサヨナラ勝ちか。


 チームメートは谷口がホームに帰ってくるのを待ち構えている。

 谷口にしては珍しく、笑みを浮かべながら、三塁ベースを回って、ホームに帰ってきた。


 谷口がホームベースを踏んだ瞬間、チームメートは彼を取り囲み、揉みくちゃにした。

 

「この野郎、最後にやってくれたな」

「よっ、千両役者」

「てめぇ、最後に何目立ってんだ。」

「やっと打ったな。この一割バッターが。」

「俺の盗塁、消しやがって。飯奢れよ。」

「美味しいどころだけ、持っていきやがって、この泥棒猫」

「来年はこの十倍は打てよ」

 

 チームメートは口々に温かい声をかけ、手荒い祝福をした。

 僕もこっそりグーで谷口の背中を殴った。

(プロ入り初盗塁を消されたのだ。これくらいしてもばちは当たらないだろう。)

 

 谷口は心底嬉しそうだった。

 今シーズンは一軍出場の機会を多く与えられながら、中々成績を残すことが出来なかった。

 僕はあれだけストイックに練習する奴を知らない。

 谷口は人前でも練習するが、人の見ていないところではもっと練習する。

 そんな谷口を近くで見て、僕も負けないようにと切磋琢磨してきた。

 だから谷口が最後にこうして、結果を残したことは、自分の事のように嬉しいのだ。

 例えプロ初盗塁を台無しにされても。


 今日のヒーローインタビューはサヨナラホームランを打った谷口だった。

 谷口が静岡オーシャンズのホームカラーのライトブルーのお立ち台に上がり、男性アナウンサーがマイクを持って横に立った。

 

「放送席、放送席、今日のヒーローは、サヨナラホームランを打った、谷口選手です。

 谷口選手。プロ入り初のサヨナラホームラン、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 ワー。観客席が一層沸いた。


「今季最終戦、素晴らしい当たりでしたね。狙っていた球だったんでしょうか。」

「いえ、ファーストランナーの高橋が走ったのを見て、補助するつもりでバットを振ったら当たっちゃいました。」

 おい、マジか。

 

「打ったボールの球種は何だったんでしょうか。」

「恐らくフォークが落ちなかったのだと思います。」

 ほう。つまり僕の盗塁を助けるつもりで、バットを振ったら、当たっちゃってホームランになったという訳ね。

 

 僕と竹下さんにはやるべき事があり、ヒーローインタビューを聞きながらその準備を始めた。

 

「これで今シーズン最終戦、素晴らしい形で終えることができましたね。」

「はい、苦しいことも多かったシーズンでしたが、終わりよければ全て良しです。」

 

「最後に満員のファンの方々に一言お願いいたしますします」

「はい。今日は球場に来て頂き、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします」

「今日のヒーローは、サヨナラホームランの谷口選手でした。大きな拍手をお願いします」


 その言葉の後、大きな拍手が響き渡った瞬間、僕と竹下さんで大きなタライに汲んだ水を谷口の頭からかけた。

 これが初めてヒーローインタビューを受けた選手への静岡オーシャンズ伝統の洗礼である。


 谷口は頭から水(少しお湯も混ぜた)を被り、キョトンとしていた。

 濡れ鼠となった谷口とマスコットキャラクターのドル君とフィンちゃんとの記念写真があり、僕もこっそり後ろに少し映り込んだ。


 その後、最終戦のセレモニーがあり、今シーズンを振り返る映像がバックスクリーンのモニターに流れた。

 残念ながら僕は全く映っていなかった。

 そりゃそうでしょうね。

 今シーズン、9試合しか出ていないし。

 でも昨シーズンが2試合の出場で、無安打だったことを思うと、今シーズンは初ヒットを打ったし、少し前に進んだのではないだろうか。

 

 9試合で10打数3安打。

 打率.300、ホームラン0、打点3、盗塁0、失策2。

 これが僕の今シーズンの成績である。


 そして最後に誉田選手の引退セレモニーがあった。

 チームはクライマックスシリーズがあるが、僕はメンバーに入っていないので、僕にとっての今シーズンが終了した。


 来期こそ一軍定着、レギュラー獲得。

 僕は思いを新たにした。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

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