第61話 今季最終戦。頼むぜ、谷口
いよいよ3年目のシーズンも終わりに近づいていきた。
静岡オーシャンズは3位を確定させ、クライマックスシリーズへの進出を決めた。
泉州ブラックスとの最終戦を前にして、これまで長い間、セカンドのレギュラーを務め、数々の記録を残した誉田選手が引退を表明した。
通算1,751安打、三割3回。
通算打率.286、ホームラン191本。
ゴールデングラブ賞は2回。
長い間、チームの看板選手だったが、ここ数年は怪我もあり、思うような成績を残せなかった。
最近は時々、二軍施設で調整しているところを見かけた。
誉田選手なあまり積極的に若手選手に声をかけるタイプでは無く、僕も会えば挨拶をするが、ほとんど話したことは無かった。
静岡オーシャンズのセカンドは、開幕からトーマス・ローリー選手がレギュラーを務めていたが、今シーズンはここまで打率.263、ホームラン10本とやや物足りない成績であった。
中盤以降は、トーマス・ローリー選手、飯田選手、野田選手、内沢選手が交替でスタメンで出ることが多くなったが、確固たるレギュラーを掴んだ選手はいなかった。
飯田選手は守備は安定しているが打率.227、ホームラン1本と打撃に課題がある。
内沢選手は打率.243、ホームラン5本、野田選手は打率.236、ホームラン4本の数字を残したが、守備は飯田選手に適わない。
静岡オーシャンズのセカンドは人数は多いが、固定されておらず、僕にもチャンスがある。
最終戦を前に、野田選手が二軍に降格し、替わりに僕が一軍昇格を告げられた。
最近はスランプを脱出しつつあり、打率も.265まで戻していた。
目の前のボールをがむしゃらに追う。
最近の僕はこれだけを意識してプレーしている。
すると数字も上がり、エラーも減ってきた。
スランプの時は、シンプルイズベスト。
また1つ引き出しが増えた気がする。
一軍最終戦のセカンドスタメンは、今シーズンで引退の誉田選手。一番で出場だ。
誉田選手は一回表の守りにつき、その裏の打席でセカンドゴロを打った。
万雷の拍手が球場内に鳴り響き、誉田選手はヘルメットを取って、観客席に礼をし、ベンチに下がった。
引退試合をやってもらえる選手になる。
これも一つの目標かもしれない。
誉田選手の姿を見て、そう思った。
2回からは誉田選手に替わり、内沢選手が守備についた。
そして7回の裏の攻撃中、僕は市川ヘッドコーチに呼ばれ、次の8回の表からセカンドの守備につくように告げられた。
8回の表は、セカンドゴロが1つ飛んできたが、無難に処理し、その裏は打席が回って来なかった。
9回の表はセカンドには打球は飛んで来なかった。
そして試合は3対3の同点で9回の裏を迎えた。
9回の裏は、打順は八番捕手の前原選手からであり、一番の僕に打席が回ってくる。
前原選手はショートゴロに打ち取られ、僕はヘルメットを被り、ネクストバッターズサークルに向かった。
代打を出される可能性もあるが、敢えて監督やコーチの方を見なかった。
ここは打たせて欲しい。
九番の但馬選手が三振し、僕はバッターボックスに向かった。
首脳陣は僕の思いを感じ取ってくれたのか、代打は出されなかった。
僕はバッターボックスに入る前にベンチのサインを見た。
市川ヘッドコーチからのサインは、「打て」だった。
ふと見ると、ネクストバッターズボックスには谷口がおり、目があった。
僕と谷口は目で会話した。
「俺が絶対塁に出るから、お前がホームに帰せ。」
「わかった。絶対塁に出ろよ。」
「塁に出たら奢れよ。」
「ホームまで帰って来たらな。」
相手の投手は、泉州ブラックスの中継エース、倉田投手。
150㎞後半のストレートとフォークが持ち味の選手だ。
決め球に鋭いフォークがあるので、追い込まれる前に打たなければならない。
初球は外角低目へのストレート。
僕はうまくバットを合わせた。
打球はセカンドへライナーで飛んだ。
セカンドは球界を代表する名手の黒沢選手。
黒沢選手は打球に合わせて、ジャンプした。
一塁を回ったところで、打球がライト前に弾むのを確認した。
打球は黒沢選手がグラブを伸ばしたその上を越えていた。
プロ入り初のクリーンヒットだ。
あれ、これで今シーズン通算で10打数3安打ではないか。
打率.300、三割打者だ。
僕は観客の歓声を心地良く背中に受けながら、一塁ベース上に立った。
次の打者は谷口だ。
谷口はここまで45打数6安打。打率.133、ホームラン1本。
チームから将来の長距離砲として期待されており、辛抱強く起用されているのだが、中々結果が出ていなかった。
初球、グリーンライトのサインが出た。
隙があれば走って良いとのサインだ。
僕はまだ一軍では盗塁を記録していない。
今シーズン最後に1つ決めておきたいし、チャンスを広げたい。
ランナーが二塁にいれば、ワンヒットでサヨナラ勝ちだ。
谷口、頼むぜ。
同期の俺らで勝負を決めよう。
僕はリードを取った。
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