第60話 ホワイトさんの叱咤激励
「ああホワイトさんですか。」
「誰がホワイトだ。」
「いえ、無職と無色をかけたんです。」
「つまらん。もう少し頭を使え。
白は白という色だ。無色じゃねぇ。そもそも俺は無職じゃねぇ。」
「だって平日にこんな所いるなんて、ヒマなんですか。」
「たまたま名古屋へ来る用事があったから、途中下車して、可愛げの無いヘボ弟子や昔の仲間の様子を見に来てやったんだ。」
「ありがとうございます。
早速ですが、最近バッティングが不調なのは何故でしょう。」
「知らん。そんな事はバッティングコーチに聞け。」
「じゃあエラーをしてしまうのはどうしてでしょうか。」
「知らん。内野守備コーチに聞け。」
相変わらず簡潔、明瞭かつ無意味なアドバイスだ。
「素人目線で結構です。
技術的な面で、気付いた事があれば、教えて下さい。」
「だれが素人だ。本当にお前は変わらんな。」と山城さんは大袈裟にため息をついた。
「俺はずっと二軍の試合を見ていた訳では無いし、お前の練習もさっき少し見ただけだ。
技術的な面で気づいた所が無いわけでもないが、不調の原因はそういう事では無いだろう。」
「どういう事でしょうか。」
「自分でも分かっているだろう。
俺に技術的な事を聞く時点で、迷っている証拠だ。」
何か自分の気づかぬ所にスランプの原因があるのではないか。
もしかしたら、それは単純な事で、かって僕のプレーを近くで見ていた山城さんなら何か分かるのではないか。
そのような藁をも掴む気持ちで、山城さんに聞いた面は否定できない。
「悪いが今のお前には何もしてやれない。
問題は技術面では無く、メンタルにあるように見える。
1つだけ言えるのは、メンタル的なものは自分で乗り越えるしか無い。
もちろん、カウンセリングに行くとか方法はある。
だが、プロの悩みはプロの経験者しか分からないだろう。
それを乗り越えられれば、お前はもっと成長できる。」
「山城さんにもスランプはあったんですか。」
「俺か?、俺なんか年がら年中スランプだったよ。
打っても前に飛ばないし、守備も華麗なプレーなんぞできないし。
お前ほど足も速くなかったから、毎試合不安を感じながらプレーしていたよ。」
「どうやって、克服したんですか。」
「克服なんか出来なかったさ。
出来ていたらもっと良い数字を残せていたかもしれない。
ただ言えるのは、試合に出たらつまらぬ事を考えることをやめた。
目の前のボール、目の前の打球。
それだけを夢中で追いかけた。
その結果が十四年だ。」
「じゃあ僕は今のままで良いのでしょうか。」
「知らん。
おっと、そろそろ戻らないと。
どこぞの二軍選手みたいに給料貰って、気楽に悩んでいる暇はないからな。じゃあな。
あっ、これ土産。皆で食ってくれ」と山城さんは手に持っていた紙袋を僕に手渡して去って行った。
僕はその後ろ姿を見送りながら、手渡された紙袋の中を見た。
中にはうなぎパイが入っていた。
これはうれしい。僕の好物だ。
地元の名産というのは自分ではなかなか買わないものだ。
「ていうことを、山城さんから言われたんだけど、どう思う?」
今日は夜間練習後、僕の部屋に谷口と三田村が来ており、スポーツドリンクとうなぎパイを片手に語っていた。
(谷口はまだ一軍に残っているが、今日は試合が無いため寮に戻っていた)
「さすが、山城さんだな。
目の前のボール、目の前の打球を夢中に追いかけているうちに十四年か。深いな」と谷口。
谷口は性格が素直で真面目であり、コーチの指導に対しても真剣に捉えすぎている面がある。
そのため、バッティングフォームも度々変わり、この辺が二軍で打てても、一軍では打てない要因かもしれない。
その点、高校の同級生だった平井は、コーチの言うことを聞くような性格ではないから、プロに入っても高校時代と変わらない荒々しいバッティングを維持している。
今シーズンは既にホームランを9本打っている。
(もっとも最近は打率が一割台前半まで落ち、二軍にいるが。
そもそも平井はコーチの教えを理解できないという、知能面での問題もある。)
谷口と平井を足して二で割れば、良いスラッガーが誕生するかもしれない。
「俺も同じだ。
マウンドに上がったら、打たれたり、デッドボールを与えることを恐れないように心がけている。」と三田村。
いやいやデッドボールは恐れろよ。
時速150㎞の球が当たったら、下手したら大怪我だ。
まあ、がむしゃらに目の前のプレーに集中するしかないか。
僕は山城さんの話によって、ちょっと吹っ切れた気がした。
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