第59話 悩んで迷って
二軍に降格して、一ヶ月以上がが過ぎ、季節は9月半ばになった。
8月まで一軍は熾烈な最下位争いを繰り広げていたが、僕が二軍に降格すると同時に、なぜか好調となった。
大型連勝もあり、順位は3位まで上がり、クライマックスシリーズ進出圏内に入っていた。
チームが調子良いときは、一二軍の選手の入れ替えは少なく、僕ら二軍同期4人衆には昇格のチャンスが与えられなかった。
(念のために言うと、4人衆とは僕、谷口、原谷さん、三田村)
二軍に降格してから、僕は通常の練習、試合に加えて意識的に走り込み、筋トレに取り組んだ。
どうすればメンタルを強くできるか、トレーニングコーチを含め、色々な方にアドバイスを頂いたが、中々自分に適したものは見つからなかった。
そういう時は、自分を体力的に追い込むに限る。
出来るだけ余計な事を考えないように、とにかく体を動かすのだ。
またそれは「これだけやったんだから失敗しても仕方がないさ」という開き直りにも繋がり、結果として思い切ったプレーができる。
それを僕は経験上知っている。
ある日、ロッカールームに入ると、谷口が荷造りをしていた。
「おっ、昇格か」
「ああ、ようやくチャンスが来た。」
谷口は二軍では打率.329、ホームラン21本、打点68と三冠王を狙える位置にいる。
最早二軍では、やることが無いように思えるが、一軍の外野陣は外国人のストラートが打率.312、ホームラン19本と活躍しており、僕と同姓の高橋孝司選手も打率.286、ホームラン16本とレギュラーを掴んでいた。
そして残り1枠も但馬選手、西谷選手、竹下選手の俊足トリオと強肩の小田島選手が熾烈な争いを繰り広げており、この中に谷口が入り込む余地はなかった。
だが指名打者のグッデンが不調で二軍落ちした事で、ストラート選手を指名打者で使えるようになり、谷口にチャンスが与えられたのだ。
谷口は一軍に昇格して、直ぐに七番レフトでスタメン出場したが、3打数ノーヒットで7回の守備から西谷選手に変えられた。
次の試合、谷口はフル出場したが、やはり4打数ノーヒットと結果を残せなかった。
結構良い当たりは出ているが、悉く打球は野手の正面をついていた。
運が悪いのか、相手のポジションニングが上手いのか。
恐らくその両方だろう。
だがチームは今回は谷口を辛抱強く使うようだ。
次の試合も谷口はスタメン出場した。
だがまたしても4打数ノーヒットだった。
これで昇格後、11打数ノーヒット。
シーズン通算打率も36打数5安打、打率.139まで落ちていた。
静岡オーシャンズのホームゲームの日、谷口の姿は二軍練習場にあった。
二軍に降格した訳では無いが、早出特打ということで、早朝からチームスタッフの協力を得て、打ち込みをしていた。
僕は練習場に入った時、鬼気迫る谷口に声をかけることができず、暫く練習を見ていた。
すると谷口が僕に気づき、近づいてきた。
「よお、随分早いな。」
「それはこっちのセリフだ。
何時からやっているんだ。」
「朝、6時からだな。
ああやって、山野さんや村上さんが協力してくれて、本当に有り難いよ。」
山野さんは二軍のバッティングピッチャー、村上さんは二軍の用具係だ。
日中にはそれぞれの仕事があるのに、早朝から谷口の練習に付き合ってくれているのだ。
僕らが練習や試合に集中できるのは、このような裏方さんの力によるものが大きい。
「良い当たりしているけど、中々結果がでないな。」
「ああ、流石に結果が出ないと、気が滅入ってくる。
隆のように当たり損ないのヒット一本でもいいんだけどな。」
確かに当たりが悪かろうと、後から記録訂正でヒットになろうと、結果は不調の特効薬だ。
山野さんはバッティングピッチャーとなって、十年以上のキャリアがある。
コントロールが良く、気持ち良く打たせてくれることには定評があり、また練習に戻った谷口は快音を響かしていた。
復調のきっかけを掴めれば良いのだが。
そもそも僕は人の心配をしていられる状況に無い。
二軍に落ちる前は、打率は.286だったが、落ちてからは中々不調を抜け出せずにいた。
打率は.240まで落ち、守備でもエラーを幾度も犯し、精彩を欠いていた。
それでも二軍とは言え、試合に出続けることができるのは、セカンドのライバルである足立が打率.143とパッとしない事もある。
足立は元々長打力が売りだが、その持ち味も打率がここまで悪いと生かせない。
「おい。バカ。」
ある日の試合前の練習中、後ろから聞き覚えのある低い声がした。
この人は不思議とこのように悩んでいる時に、タイミング良く(?)、現れる。
山城元コーチだった。
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