第55話 「三度目の正直」か「二度あることは三度ある」か。
試合は5回の表に動いた。
これまで東京チャリオッツ打線を無失点に抑えていた、北岡投手が突如コントロールを乱し、この回先頭の四番デューラー選手と、五番の石川選手を連続でフォアボールで歩かせた。
六番の平間選手が送りバントを成功させ、これでワンアウト二塁、三塁。
そして迎えた七番の武富選手にセンターオーバーのツーベースを打たれ、2点を先制された。
だが北岡投手は粘りを見せ、続く八番打者と九番打者は何とか打ち取った。
これで5回を2失点と先発としての役割は果たした。
ここまで我が静岡オーシャンズは、滝田投手の前に一人のランナーも出していない。
と思っていたら、5回裏の先頭バッターの四番のグッデン選手が初球を目の覚めるようなライナーでライトスタンドに打ち込んだ。
これで1点返した。
更に五番の清水選手がセンターオーバーのツーベースで続き、六番の前原選手がバントで送って、ワンアウト三塁となった。
同点の大チャンスだ。
七番は勝負強い、僕と同姓の高橋孝司選手。
滝田投手は警戒し過ぎたのか、ストレートの四球となった。
八番は俊足の西谷選手。
フルカウントから外へ逃げるスライダーを振らされて三振。
これでツーアウト。
もし次の九番の但馬選手が塁に出たら、ツーアウト満塁で僕に回ってくる。
僕はネクストバッターズサークルに向かった。
そして但馬選手は十球粘った上に四球を選んだ。
ツーアウト満塁。
東京チャリオッツの内野陣がマウンドに集まった。
僕はベンチの方を見た。
代打を出されるか。
しかし君津監督も市川ヘッドコーチも動かなかった。
僕がバッターボックスに向かおうとすると、恩田打撃コーチが僕を呼んだ。
何だろう。
「いいか3球目だ。」
「はい?」
「3球目を狙え。」
「はぁ。」
「じゃあ幸運を祈る。」
うーん。とても簡潔な指示だ。
意図も良く分からない。
僕はバッターボックスに入った。
この場面はどっちが有利なのだろう。
未だプロでヒットを打っていない僕と、ツーアウトながら満塁を背負った滝田投手。
初球。
外角へのスライダー。
僕は見送った。
ボールワン。
外れたがストライクと宣告されてもおかしくない球だ。
見極めが出来たわけではない。
3球目を打てという、よく分からない指示に従っただけだ。
2球目。
真ん中低目へのチェンジアップ。
ギリギリ入ったようで、ストライクを宣告された。
これでワンエンドワン。
まだ僕は一度もバットを振っていない。
押し出しの四球狙いと思われているだろうか。
それとも何の球を狙っているか分からず、相手バッテリーは不気味に思ってくれているだろうか。
次は運命の3球目。
僕はどんな球が来ても振る覚悟をしていた。
滝田投手はじっくり時間をかけて、古馬捕手とサイン交換をしている。
ここは何の球がくるか。
3球目。
低いボールだ。
外角へ抜けていくスライダー。
僕はバットを出しかかったが、見送った。
「ボール」
さすがにこの球は打てなかった。
僕はベンチの恩田打撃コーチを見た。
うん、うんと肯いていた。
てっきり3球目を打たなかったことを咎められると思っていたが、そんな素振りはない。
ベンチのサインを見た。
サインは「打て」だった。
この場面は「打て」か「待て」しかないだろう。
4球目。
真ん中高目へのストレート。
振りにいった。
「ストライク」
空振りしてしまった。
思っていたよりもホームベースの手前で、伸びるような感じを受けた。
さすが、一軍でローテーションに入っている投手だ。
これでツーボール、ツーストライク。
追い込まれた。
さっきまではバッター有利のカウントだったが、一気に形勢が逆転したように感じる。
僕は一度バッターボックスを外した。
そしてベンチを見た。
「打て」のサインだ。
次は何の球が来るだろう。
滝田投手の持ち球は、スライダー、チェンジアップ、カットボール、フォーク。
この場面ではフォークは危険だ。
仮に空振り三振しても、キャッチャーが後ろに逸らせば、振り逃げで点が入ることもある。
カットボール、チェンジアップを意識しつつも、スライダーに的を絞った。
5球目。
真ん中へのストレートか。
いや、フォークだ。
僕は懸命にバットを出した。
ファール。
辛うじてバットに当てた。
予期せぬ球種であったが、真ん中付近に来たことが幸いした。
6球目。
外へ逃げるスライダーだ。
僕は今度こそ、バットにうまく乗せた。
打球はまたしても岡谷選手が守るライトへ上がった。
岡谷選手が突っ込んでくる。
どうだ。
「二度あることは三度ある」か、「三度目の正直」か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます