第56話 勝負の行方

 僕は岡谷選手とはこれまで話した事も無いし、何の因縁もない。

 何故、僕の打球は岡谷選手の所へ飛ぶのだろう。

 そして岡谷選手の打球は何故、僕の所へ来るのだろう。


 落ちてくれ。

 僕は祈った。

 ツーアウト満塁なので、ランナーは打った瞬間スタートしている。

 ヒットになれば、二人はホームに帰ってくるだろうから、逆転だ。

 岡谷選手は前に突っ込んで来ている。

 懸命にグラブを出している。

 どうだ。

 落ちたか。取られたか。


 僕は一塁ベースを蹴り、打球の行方を横目に見ながら、二塁に向かった。


 大歓声が鳴り響いた。

 どうなったか。


 果たして、岡谷選手はボールをグラブに当てたが、前に落としていた。

 三塁ランナーに続いて、二塁ランナーもホームインした。

 一塁ランナーは三塁でストップし、僕は二塁を回った所で止まった。

 

 記録は?

 二塁ベース上でバックスクリーンを見た。

 エラーの赤ランプが灯っていた。

 残念。初ヒットならず。

 記録は岡谷選手のエラーだ。

 捕れていたら、ファインプレーだったが、グラブに当たっていたので、エラーとなったのだろう。

 ヒットにならなかったことは残念だが、僕の打球が逆転に繋がったのには違いない。

 バットに当たっていなければ、エラーだって起きえないのだ。


 更にツーアウト二塁、三塁。

 チャンスは続いている。

 打席には二番の新井選手が入った。

 そしてツーボールからの3球目。

 新井選手の打球は快音を残し、センターに上がった。


 まさか。

 打球はバックスクリーン横に飛び込んだ。

 スリーランホームだ。

 これで6対2になった。

 三塁ベースを回るとき、滝田投手がマウンド上で、がっくりと項垂れるのが見えた。

 紙一重。そう思った。

 岡谷選手が僕の打球を捕球していれば、チェンジとなっており、新井選手のスリーランホームランは無かった。

 1対2でこの回は終わっていたのだ。

 正にワンプレーが天国と地獄の分かれ目だった。

 これが野球だ。

 ほんの僅かな事で、展開が大きく変わることがある。

 

 僕は三塁ランナーに続いて、ゆっくりとホームに戻り、新井選手を出迎えた。

 そしてベンチに戻り、各選手と掌タッチやハイタッチをした。

 

「ナイスバッティング」

 恩田打撃コーチが僕の方に来て、声をかけてくれた。

「俺はヒットだと思ったが、まあ仕方ないな。

 あのバッティングが出来れば、ヒットを打てるのは時間の問題だ。

 それにしても良くあの場面で、バットに当てた。お前も成長したな。」

「ありがとうございます。」


 僕は疑問に思っていたことを聞いてみた。

「でも何故、3球目を打てと言ったんですか?」

「ああ、あれは一種のおまじないだ。」

「どういうことでしょうか。」

「あの大場面。お前みたいにプロでまだ実績が無い奴は、結果を欲しがって当てにいってしまうケースが多い。

 だから打つ球を決めることで、思いっきり振ることができるだろう、ということだ。」

 なる程。

 確かに指示が無ければ、あの初球。

 あのように余裕を持って見逃すことができたか。

 恐らく振っていただろう。

 そして2球目で追い込まれて、恐らくスライダーかフォークに三振していただろう。

 そう考えると、あの初球を余裕を持って見逃せたのが、勝負を左右したかもしれない。

 

 だがこれで一軍での通算は、6打数ノーヒットだ。

 そろそろ目に見える結果が欲しい。

 良い当たりで無くて良い。

 ボテボテの内野安打で良い。ポテンヒットでも良い。

 とにかくヒットの記録が欲しい。

 

 5回の裏は、続く三番の戸松選手が三振してチェンジになった。

 このまま出場させてくれれば、後1回は打席が回ってくるだろう。

 次こそは何とかヒットを打ちたい。

 

 5回が終了すると、グランド整備とオーシャンズガールのパフォーマンスがある。

 その間、僕はベンチ裏の鏡の前で素振りをして過ごした。


 6回の表、この回で北岡投手に替わり、安宅投手がマウンドに上がった。

 しかし先頭の境選手にホームランを打たれ、またしてもバッターボックスには岡谷選手を迎えた。


 ツーエンドワンからの4球目。

 岡谷さんの打球はピッチャーの右横を抜け、二遊間に飛んできた。

 僕は必死に追いかけ、そしてグラブを出した。

 だが打球はグラブの先に当たり、バウンドが替わり、レフト側に行ってしまった。

 しまった。

 エラーか。

 反射的にバックスクリーンを見た。

 ヒットの青のランプが灯っていた。

 あと一歩で捕れたのに。

 悔しいのには変わらない。

 飯田選手なら捕れたかもしれない。

 こういう打球を捕れるようになら無ければ、一軍定着は覚束ない。

 僕は定位置に戻りながら、そう思った。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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