第53話 そろそろ1本…

 四国アイランズとの3連戦では、僕は二試合目は出場機会が無く、三試合目は四球で出塁したトーマス選手の代走で出ただけであった。

 (替わりの守備は飯田選手がついた。)

 原谷さんはその後は出場が無かった。


 次はホームでの東京チャリオッツとの3連戦である。

 僕と原谷さんははまだ二軍に落ちず、一軍に帯同していた。


 駿河オーシヤンスタジアムに着くと、君津監督から明日の試合で僕をスタメンで使う旨を告げられた。

 相手の予告先発は奇しくも、初スタメン時と同じ滝田投手。

 一度対戦しているので、球筋はイメージできる。

 それもスタメン出場の理由かもしれない。


 今度こそ、プロ初ヒットのチャンスだ。

 そろそろ1本出したい。

 僕はホテルの部屋で、滝田投手のビデオを繰り返し見て、自分が打つところをイメージトレーニングした。


 翌日は金曜日のナイター。

 僕は昼前にいち早く球場入りし、チームスタッフに協力してもらい、特打を行った。

 チャンスは何度も貰えない。

 このチャンスを何としても生かしてやる。


 ナイターの場合は、13時過ぎから選手および首脳陣が続々と集まってくる。

 僕は感覚を忘れないように、トレーニング室の鏡の前で入念に素振りをした。


 14時からはチーム全体練習。

 セカンドの守備位置でノックを受けた。

 グラウンドの状態を見て、球の跳ね具合を確認する。

 これも試合前のルーティンだ。


 そして全体練習後のチームミーティングで今日のスタメンが発表される。

 僕は何番だろう。


「1番セカンド、高橋隆」

 いきなり呼ばれた。

 マジか。

 僕は8番か、9番での出場を予想していた。

 まさかトップバッターで起用されるとは。

 体中が震えるのを感じた。

 いくら開き直ったとしても、緊張するなという方が無理だ。

 

 僕は再びトレーニング室に籠もり、一心不乱に素振りをした。

 そうしないとプレッシャーで押し潰されそうになるのだ。

 僕は打てる。

 僕は打てる。

 僕は打てる。

 素振りをしながらその言葉を呟き、鏡の中の自分を通して、自分に言い聞かせた。

 これは高校時代からのおまじないのようなもので、こうすることで緊張がほぐれ、力が沸いてくるような気がするのだ。


 やがて東京チャリオッツの試合前練習が終わり、試合開始時間が近づいてきた。

 僕は1回の表の守備に備え、ベンチ裏でジャンプ、ストレッチをして試合開始時間を待った。

 武者震いが止まらない。

 あれだけやったんだから。

 こういう時は、自分を信じるしかない。

 やがて試合開始時間を迎えた。


 静岡オーシヤンズの先発は、大卒、社会人経由で入団した、北岡投手。

 速球派の右腕で、ここまで4勝(6敗)とローテーションを守っている。


 先頭の境選手は、初期の低目のストレートをいきなり捉えた。

 左中間を破るツーベースヒット。いきなりのピンチだ。

 北岡投手は球は速いが、勝負所でややコントロールが甘くなることがある。

 初球にその悪癖がでてしまった。


 二番はライトの岡谷選手。

 守備に定評がある、俊足の打者だが、パンチ力も備えている。

 またもや初球、チェンジアップが甘く入ってしまった。

 快音を残してライナー性の打球が二遊間に飛んで来た。

 これは届かないと思ったが、抜けたら1点だ。

 一か八か飛び込んだ。


 どうだ。

 グラブの先にボールが入った感触があった。

 僕は急いで立ち上がり、セカンドのベースカバーに入った新田選手にトスした。

 二塁ランナーの境選手は飛び出していた。

「アウト」

 ダブルプレーだ。

 大ピンチが一瞬で消えた。

 歓声が沸き、静岡オーシャンズのチームカラーである、ライトブルーの観客席が揺れた。

「いいぞ、高橋」

「ナイスプレー」

 僕は帽子を取って、声援に応え、定位置に戻った。


 三番の角選手は、サードゴロに終わり、この回は無得点で切り抜けた。

 僕がベンチに戻ろうとすると、北岡投手がマウンドを降りたところで出迎えてくれたので、グラブとグラブでタッチした。


 さあ、いきなり僕の打順だ。

 トップバッターの役割は塁に出ることだ。

 どんな形でも塁に出たい。

 滝田投手とは対戦済みなので、球種のイメージはできている。

 初球。

 スライダーが来た。

 予想通りだ。

 僕は右打ちを意識して、うまくバットに乗せた。


 打球はセカンドの頭を越えそうだ。

 初ヒットになるか。

 懸命に走った。

 

 ライトの岡谷選手が懸命に前に突っ込んできた。

「落ちてくれ」僕は祈った。


 岡谷選手は何と前にダイビングしてきた。

 落ちたか?

 取られたか?

 僕は一塁ベースを駆け抜け、審判の方を見た。

 

「アウト」

 審判の右手が挙がった。

 岡谷選手はグラブの先でボールを掴んでいた。

 大ファインプレーだ。

 もし後ろに逸らしたら、三塁打かランニングホームランまであり得る、ギリギリのプレーだ。

 僕は天を仰いだ。

 簡単には初ヒットを打たせてくれない。

 うーん。そろそろ1本打ちたい…。

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

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