第52話 例え大差がついていても

 8回の表。

 打順は6番で捕手の前原さんからだ。

 僕は9番の飯田さんの打順に入ったので、1人出塁すれば、回ってくる。

 相手ピッチャーは引き続き、湊投手。

 敗戦濃厚ということで、続投となったようだ。

 だがこのまま降板したら、次のチャンスが与えられるか微妙であり、湊投手の立場としては、何としてもあと2イニング抑えたい所だろう。


 前原さんは3球目のツーシームを引っかけて、セカンドゴロに倒れた。

 7番はレフトの西谷選手。

 2球目を打ったが、ショートゴロになった。

 俊足であるが、間一髪アウト。

 8番はセンターの但馬選手。

 願いも空しく、初球をセンターフライ。

 これでスリーアウト。

 残念ながら、僕には打順が回ってこなかった。


 そして8回の裏は、セカンドに打球が飛んで来ることはなく、簡単にスリーアウトになった。

 次の回、打順が回ってくる。

 打たせてくれるだろうか。

 僕は監督と市川ヘッドコーチの様子を伺いながら、ベンチに戻った。


 代打が出されなければ、先頭は9番の僕からである。

 グラブをベンチに置いて、市川ヘッドコーチの方を見た。

 市川ヘッドコーチは軽く肯いた。

 そのまま打たせてくれるようだ

 僕はヘルメットを被り、打席に向かった。


 相手ピッチャーは、引き続き湊投手。

 ここまで2イニングで3失点。

 何とかゼロで切り抜けたいところだろうが、僕だって結果が欲しい。

 点差が空いているため、打っても打たなくても大勢に影響は無いが、、湊投手に取っても、僕に取っても重要な場面なのだ。


 初球、スローカーブだった。

 大きな軌道を描いて、外角高目に来た。

 ボール。

 これがストライクゾーンに決まれば、カウント球として武器になるのだろうが、精度があまり高くないようだ。


 2球目は内角低目へのストレート。

 140㎞前後だろうか。

 それ程球威があるようにも見えない。

 見送ってボール。

 これでツーボール、ノーストライク。

 バッターに有利なカウントとなった。

 湊投手の持ち玉は、あとはチェンジアップとスライダー。

 稀にフォークも投げるそうだ。

 僕はチェンジアップに的を絞った。

 先ほど、原谷さんがホームランを打った球種だ。


 3球目。

 スライダーが来た。

 内角に食い込んできた。

 だが低い。見送った。

 これも外れてボール。

 スリーボール、ノーストライクだ。

 僕はベンチを見た。

 サインは「打て」。

 普通なら「待て」のサインが出る場面かもしれないが、大差がついているから、好きにして良いという事だろう。

 僕に取っては願ってもないチャンスだ。

 ここはツーストライクまでは思いっきり振ってやろう。


 4球目、チェンジアップが来た。

 だが想像していたよりも、球速が遅い。

 待ちきれずに引っ張ってしまった。

 三塁側スタンドへのファール。


 5年目は外角低目ギリギリへのストレートが来た。

 反射的に見送ってしまった。

「ストライク」

 これでフルカウントだ。

 僕は一度打席を外し、頭の中を整理することにした。


 次は何が来るか。

 ストレート、チェンジアップ、カーブ、スライダー、そしてフォーク。

 フォークはあまり精度が高くないようなので、フルカウントの場面で投げてくるとは考えづらい。

 となれば、スライダーか。

 僕はスライダーが来たらファールで逃げることにし、チェンジアップとカーブに的を絞ることにした。


 6球目。

 やはりスライダーだ。

 真ん中低目へのボールを僕はカットし、ファールで逃げた。

 次は?

 チェンジアップで打たせにくるか。


 7球目。

 ど真ん中へのストレートに見えた。

 僕は強振した。

 だが、ボールはバットの下を通り過ぎていった。

 フォークだ。

 この場面でフォークを投げてくるとは。

 しかも素晴らしいところに決まった。

 やはりプロの投手は凄い。

 僕はうなだれながら、ベンチに戻った。


 恩田バッティングコーチが僕の所に来た。

「4球目を捉えられなかったのが、全てだな。

 この打席で分かったと思うが、一軍の投手相手に打てる球は、一球あるかどうかだ。

 それをものにできるかどうかが、プロとして生きていけるかの分かれ道だ。」

 確かにそうだ。

 5球目のストレートは素晴らしいところに決まったので、打っても内野ゴロだっただろうし、7球目もフォークに的を絞っていたとしても、バットに当てられたかどうか。

 このレベルでも敗戦処理の扱いなのか。

 僕は次の1番の新井選手をセカンドフライに打ち取った、湊投手を見て思った。

 こんな世界で僕が生き残って行くにはどうしたら良いか。

 改めて課題を突きつけられた思いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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