第51話 原谷さんの初出場
四国アイランズは現在、最下位であり、我が静岡オーシヤンズとは熾烈な最下位争いを繰り広げている。
両チームとも1位とは10ゲーム以上の差を付けられており、夏を前に早くも若手の育成に舵を切った、というところか。
少なくとも僕や原谷さんには願ってもないチャンスだ。
何とか一軍に残れるようにアピールしたい。
翌日の試合、セカンドは飯田選手、ショートは新井選手がスタメンであり、僕はベンチスタートだった。
そしてキャッチャーも前原選手がスタメンで、原谷さんもベンチスタートだった。
試合は珍しく静岡オーシヤンズ打線が火を噴き、6回を終えた時点で11対2と大きくリードしていた。
7回の表、先頭の9番の飯田選手のところで監督がベンチを出た。
代打である。
「9番、飯田選手に変わりまして、ピンチヒッター、原谷。」
原谷さんのプロ初出場だ。
肩の手術からのリハビリ、苦手な筋トレとランニングに下半身を鍛えるダッシュ。
来る日も来る日も素振り。
少しずつ力を付け、ようやくここまでたどり着いた。
普段はおっとりとして、ノー天気な原谷さんだが、僕は二軍で努力する姿をよく見ていた。
何とか結果を出して欲しい。
一軍生き残りのライバルではあるが、そう思わずにはいられなかった。
打席に向かう原谷さんは、これまでに見たことが無いような悲壮な、真剣な顔つきをしていた。
大卒で入ってプロ3年目。
ここらで爪痕を残さないと、オフには解雇もあり得る。
きっと原谷さんもそれを充分に分かっているのだろう。
1打席1打席が勝負なのだ。
ところで飯田選手に代打が出たということは、僕の出番か?
「隆。原谷が出塁したら代走だ。出なくても次の回からセカンドに入れ。」
案の定、伊東内野守備走塁コーチが僕のところに来て言った。
この回から四国アイランズの投手は、湊投手。
プロ野球選手名鑑によると、社会人5年目、27歳の右腕。
プロではまだ1勝しかしていない。
点差が開いていることもあり、敗戦処理のような位置付けかもしれないが、こういう場面でも結果を残さないといけない立場の投手だ。
多彩な変化球を操る技巧派の投手だが、裏を返せば決め球がないという事だろう。
ここは狙い球を絞っていきたいところだ。
そして初球。チェンジアップが真ん中高目に入ってきた。
「カキーン」
快音が響いた。
まさか。
打球は良い角度で上がった。
僕はベンチから身を乗り出した。
原谷さんは打球の行方を目で追いながら、全速力で走り出した。
レフトが追う。
だが足が止まった。
こちらに背を向けて見送っている。
打球はレフトスタンドの前の方に飛び込んだ。
まさかの初打席、初球ホームランだ。
打った原谷さんは全力疾走で一塁ベースを周り、二塁に到達する直前でホームランとなった事に気がついたようだ。
原谷さんは驚いたように目を見開き、右手で小さくガッツポーズを作り、ホームに帰ってきた。
破顔一笑。
相手の投手を慮ってか、あまり派手なポーズはしなかった。
チームメイトとハイタッチし、僕とも両手でタッチした。
そしてベンチに戻り、僕の隣に座ると、タオルで顔を拭いていた。
あのー、そのタオル僕のですけど、と言いかけてやめた。
というのも原谷さんは涙を拭いていたのだ。
きっとこれまでの苦しかった事を思い出しての嬉し涙だろう。
大卒で入団し、ドラフト同期の中でも一軍昇格は高卒の僕や谷口よりも遅かった。
一時は右肩を故障し、地味なリハビリをこなし、ようやく掴み取ったプロ初出場での初打席初球ホームラン。
嬉しくないわけはないだろう。
「隆。俺、やったよ。」
「やりましたね。」
「俺、隆みたいに、プロで1本もホームランを打てないまま、引退するかもしれないと思ってた。」
「良かったですね。」
ん?、今何て言った?
まあいいや。今日のところは聞き流そう。
この回は我が静岡オーシヤンズは気落ちした湊投手から、更に2点を取り、試合は14対2になった。
そして予定通り、7回の裏の守備からは僕がセカンドに入った。
7回の裏はボテボテのゴロが一つ飛んで来たが、無難に捌いた。
8回の表、1人出塁したら僕に打席が回ってくる。
大差はついているので、そのまま打たせてくれるかもしれない。
僕はベンチに帰りながら、そう思った。
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