第50話 今度こそ、一軍定着なるか

 7月に入った。早くもシーズンも半ばだ。

 肉離れで戦列を離れていたトーマス選手は6月末に復帰し、内沢選手と野田選手が二軍に落ちてきた。

 一軍のセカンドはトーマス選手、ショートは新井選手がレギュラーを掴んでおり、守備固めで飯田選手選手、勝山選手が時々試合に出るくらいだった。


 二軍では三田村が初先発以来、登板間隔を10日間くらい開けながら、3試合に先発し、いずれも五回を投げきって、防御率も1点台と好調だった。

 

 谷口は二軍では打率.310、ホームラン14本と数字を残していたが、中々一軍からは声がかからなかった。

 そして僕はここまで43試合に出場し、打率.286、ホームラン2本と過去最高の数字を残していた。

 数字が残ってくると、自信も出てくるし、自分でも打撃技術が向上してきたと感じる。

 今なら一軍でも通用するのではないか。

 そろそろ上でも力を試してみたい、そう考えていた。

 

 そんなある日の試合後、検見川二軍監督に呼ばれた。

 ノックして部屋に入ると、検見川監督は机に座り、何か書いていた。

 

「失礼します。お呼びでしょうか。」

「ああ、呼んだのは他でもない。

 また一軍昇格が決まった。」

「え?、本当ですか。」

 嬉しいのは確かだが、なぜこのタイミングなのだろう。

 

「知っての通り、一軍のセカンドのレギュラーはトーマスだが、今年はあまり調子が上がってこない。」

 確かにトーマス選手は、肉離れから復帰してから、そこそこは打っているものの昨年のような打棒は取り戻せていない。

 ここまで37試合で打率.269、ホームラン6本であり、悪くは無いが、助っ人外国人として物足りない数字とも言える。


「だから今後を見据え、若手を積極的に試してみたいそうだ。

 本来なら内沢を昇格させるところだが、あいつは最近、二軍でも精彩を欠いている。」

 内沢選手は僕と入れ替わりに一軍昇格してから、最初の方は良く打っていたが、次第に弱点を執拗に攻められ、最終的には打率が二割を割った。

 トーマス選手と入れ替わりで、二軍降格後も、中々調子は上向かず、二軍でも打率二割そこそこと不振に陥っていた。

 

「ということだから、前回よりも一軍で出場できるチャンスも増えるかもしれない。

 もう戻って来るなよ。」 

「ありがとうございます。

 精一杯やってきます。」

「そうだ。今回、原谷も一軍昇格となった。

 一緒に頑張ってこい。」

「はい。」

 原谷さんもいよいよ初昇格か。

 でも…。僕は気になった。

 二軍で結果を出している、谷口は上がらないのだろうか。

 

「あのー、今回、谷口は上がらないんでしょうか。」

 検見川監督の顔が曇った。

「谷口か…。あいつは良くやっているから、俺も推薦しているのだが、上では中々使いづらいようだ。

 お前みたいに守備固めや、代走で使えるわけでも無いし、打撃もまだ一軍では確実性が低い。

 4打席を数試合与えて、その中で結果を出すタイプだからな。」

 

 なる程、そういう事情もあるのか。

 確かに谷口は外野手専門であり、守備は決して下手では無いが、プロレベルでは平凡である。

 静岡オーシヤンズの外野陣は、但馬選手、西谷選手、竹下選手と俊足で守備が上手い選手が揃っており、また長打力のある高橋孝司選手や、外国人のストラート選手、強肩の小田島選手もおり、競争が激しい。

 守備、走塁ではやや劣る谷口がこの中に割って入るのは大変なのだ。

 そして指名打者も新外国人のグッテンがほぼ全試合出場している。

 そういう事情もあり、谷口の一軍昇格は見送られたようだ。

 

 一軍は明日から、高松で四国アイランズと3連戦だ。

 新幹線で岡山まで行き、列車を乗り換えて、四国に行く。

  

 原谷さんは四国に上陸するのは初めてということで、見るもの全てが珍しいらしく、どこでもキョロキョロと落ち着かない。

 まるで旅行ツアーの引率者の気分だった。

「ほらそこ、キョロキョロしない。」と言いたかったが、幾ら相手が親しい原谷さんであっても心の中にとどめて置いた。

 一応、年上だし。

 

 四国アイランズとは二軍のリーグが異なるので、これまで四国では試合をしたことがなかった。

 ちなみに僕自身は高校時代の遠征で、四国には何度か来たことがある。


 「知っていますか。香川県の住宅には、水道の隣にうどんの汁が出てくる蛇口があるんですよ。

 またそばが売れないから、緑のたぬきが売ってないんですよ」と言ったら、信じていた。

 原谷さんを騙すのは赤子の手をひねるより簡単だ。

 くれぐれも詐欺には注意してくださいね。


 ということで今シーズン2回目の一軍合流だ。

 今度こそ、チャンスを活かしたい。


 


 

 

 


 

 

 

 




 

 

 

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