第48話 三田村の初先発

 二軍に降格して一ヶ月が過ぎ、季節は早くも初夏、6月を迎えた。

 僕の替わりに昇格した内沢選手は、飯田選手、野田選手と日替わりでセカンドのスタメンとして出場し、打率.253、ホームラン4本とまずまずの結果を出していた。


 二軍降格後の僕は、ほとんどの試合にセカンドでスタメン出場し、打率.292を残していた。

 だが、相変わらずホームランはなかった。

 僕は高校時代、通算で10本のホームランを打っており、そのうち1本は甲子園で打った。

 だから全くパワーが無いわけでもない、と思うのだが、プロでは良い角度で上がっても中々外野スタンドを越えない。

 そろそろ1本くらい打ちたいところだ。


 ある日、夜間練習を終え、録画していた一軍の試合を寮の自部屋のテレビで観ていると、ドアノブをガチャガチャ回す音がした。

 あいつは学習能力が無いのか?

 しばらくほっておくと、ドンドンとドアにケリを入れる音がした。

 お前な。普通はその前にドアをノックするだろう。

 

 仕方なく僕は立ち上がり、ドアを開けた。

 言うまでもなく三田村がそこにいた。

「お前、何でいつもドアの鍵閉めているんだよ。」

「開けといたら、勝手にお前が入ってくるだろう。」

「鍵かかっていたら、入れないだろうが。」

 ダメだ。会話がかみ合っていない。

 

「で、何のようだ。ようやく引退する気になったのか。」

 三田村は部屋の隅に置いてある椅子を持ってきて腰掛けた。

 以前、勝手に僕の部屋に持ち込んだものだ。

 三田村は背が高いので、普通の椅子では小さすぎるのだ。

 

「バカも休み休み言え。

 何で俺が引退しなきゃならんのだ。」

 お前にだけはバカと言われたくないよ。

 ていうかお前、まだ二軍でも1試合も投げていないだろう。

 今シーズン終了後の戦力外候補筆頭だよ。

 とは思ったが、口には出さなかった。

 

「で、何の用だ。」

 三田村は僕の部屋の中を見渡しながら言った。

「しかし、来る度に熊のぬいぐるみのユニフォーム替わっているな。暇なのか。」

「前にも言ったよな。

 彼女が時々作って送ってくれるんだよ。」


 今シーズンもある出版社の選手名鑑だけ、僕の趣味が「妹と着せ替え人形で遊ぶこと」になっていた。

 見る人が見たら、誤解を生むだろう。

 せめて「熊のぬいぐるみのユニフォームを着せ替えること」くらいにしておいてくれ。

 それならまあ嘘ではない。

 

「で、何の用だ。」これでこの言葉を言うのは3回目だ。

 そろそろ用件を話してくれ。

「あっ、そうそう。

 俺、明日の川崎ライツ戦、先発なんだ。」

「おおっ。引退試合か。」

「喧嘩売ってるのか。だが、ようやくここまで来たよ。」と三田村が感慨深そうに、天井を見上げた。

 天井に何かあるのか?

 僕もつられて天井を見上げた。

 LED照明があるだけだった。

 

「辛かったな。リハビリ。ほとんど丸二年だぜ。」と三田村が言った。

 三田村は入団して最初の春期キャンプで肩を痛め、手術して一度は治ったのだが、二年目の春期キャンプで少し焦ったのか、また痛めてしまった。

 二度目の手術を受けてからは、日々、慎重の上に慎重を重ね、日々、地味なリハビリを行い、ようやくここまで来たのだ。

 普段はバカばっかり言っているが、そんな三田村を僕は心の底では尊敬していた。

 

「隆。お前、明日ホームラン打てよ。」

「そんな簡単に打てれば苦労しねぇよ。

 自慢じゃないが、3年間で1本も打ってないんだぜ。」

「いや。狙えば打てるよ。

 俺の初勝利を祝砲で祝ってくれ。」

「そんな事は谷口に頼めよ。」

「谷口なら頼まなくても打つだろう。

 滅多に起こりえないから、良いんじゃないか。」

 悪かったな。滅多にも打っていなくて。

「とにかく頼むぞ。ようやく掴んだチャンスだ。精一杯、力を出し切ってやるぜ。」と言いながら、部屋を出て行った。

 

 そうか。二軍とは言え、三田村が先発か。

 新人の時に見た、三田村のストレートは本当に凄かった。

 長身から投げ下ろした球が、最後には浮き上がるように見えた。

 ストレートだけなら、これまで見てきたどんなピッチャーにもひけを取らなかった。

 それがどれだけ回復しているだろう。

 僕は明日の試合が楽しみに思った。


 翌日の川崎ライツ戦。

 予告どおり先発は三田村だった。

 僕は1番セカンド、谷口は4番レフト、原谷さんは6番キャッチャーでそれぞれスタメン出場となった。

 原谷さんは、ドラフト同期としてだけで無く、キャッチャーとして、これまでも三田村の練習につきあって来た時間が長い。

 だから三田村の球質、球種を熟知しており、三田村に取って頼りになるはすだ。


 プレイボールがかかり、試合が始まった。

 

 

 

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