第46話 ラッキーセブンの攻防

 7回の表、杉澤投手は続投した。

 ここまで境選手のホームランの一失点に抑えている。


 東京チャリオッツの先頭バッターは角選手。

 ワンボールからの2球目を積極的に打ってきた。

 打球は僕の頭をライナーで超えた。

 ジャンプしたが、グラブのかなり上を打球は超えていった。

 これは取れなくても仕方ない。


 次は3番のデューラー選手。

 初球のカットボールを引っかけて、ショートゴロ。

 新井選手が捕球し、僕は二塁のベースカバーに入った。

 新井選手からのトスを受け、ファーストの清水選手に送球した。

 6、4、3のダブルプレーである。

 ツーアウト、ランナーは無しになった。


 しかし、杉澤投手はこれで安心したわけでもないだろうが、4番の中村選手、5番の高井戸選手に連続でヒットを打たれた。

 そして6番のビーンズ選手にはフルカウントから四球を与えてしまった。

 これでツーアウトフルベース。

 今日の試合、最大のピンチ。


 迎えるバッターは、7番の平間選手。

 ここは何とか0点で切り抜けたい。

 僕は改めて自分が緊張しているのを感じた。

 もっとも僕は負けたらそこで終わりという甲子園で、9回の裏で1点リード、ノーアウト満塁という場面も経験している。

その時はセンター前に抜けそうなライナーを横っ飛びでキャッチして、トリプルプレーに繋げた。

 だから自分は緊張を力に変える事ができると信じている。

 そう、こういう時こそ自分を信じるしかないのだ。

 そしてその裏付けになるのは何と言っても練習量だ。

 あれだけやったんだから、と思えるかどうかだ。


 杉澤投手の球威は明らかに落ちているように見えた。

 だがベンチは動かない。

 ここはエースの杉澤投手を信じるということだろう。

 7番の平間選手は粘っこい打者だ。

 選球眼が良く、簡単には三振しないし、ツボに入った時は長打を打つこともある。

 杉澤投手の初球、2球目はストライクゾーンギリギリをついたが、いずれも見逃された。


 これでツーボール、ノーストライク。

 そして3球目も僅かに高目に外れた。

 ツーアウト満塁、スリーボール、ノーストライク。

 絶体絶命のピンチだ。


 杉澤投手は表情を変えず、4球目を投げた。

 低めのストレート。

 やや間が空いて、球審の手が上がった。

 これでスリーボール、ワンストライク。


 5球目は外角へのカットボール。

 平間選手はこれも見逃した。

 審判の手が上がった。

 これでフルカウントだ。

 追い込んだが、ここからが平間選手の真骨頂だ。


 6球目、7球目。

 ストライクゾーンギリギリの厳しい球をファウルしてきた。

 8球目。低目のスライダー。

 これも難しい球だが、カットされた。

 バッターの平間選手もさすがだが、この場面でストライクゾーンのギリギリに投げられる杉澤投手もさすがだ。

 これぞプロの勝負だ。


 そして9球目、真ん中高目へのカットボール。

 真芯で捉えた打球が左中間に上がった。

 竹下さんが懸命に追いかける。

 そしてフェンスの僅か手前、地面ギリギリで何とかキャッチした。

 球場内に大歓声が響く。

 杉澤投手は結局七回をホームランによる一失点に抑え、エースとしての役割を果たした。


 七回の裏、先頭バッターは6番の前原選手からである。

 ピッチャーは先発の滝田投手から、左腕の石倉投手に変わった。

 野球には「ピンチの後には、チャンスが来る」という格言がある。

 前原選手は初球をレフト前に運んだ。

 これでノーアウト一塁。

 そして竹下さんが送りバントを成功して、ワンアウト二塁。


 バッターは8番の谷口だ。

 僕はネクストバッターズサークルに向かった。

 初球、真芯で捉えた打球がライトのポール際に飛んだ。

 観客席が沸いたが、僅かにファール。

 2球目は外角へのスライダー。

 ギリギリに決まって、ノーボール、ツーストライク。

 そして一球ボールを挟んで、4球目の低目のフォークを振らされて三振してしまった。

 谷口は悔しそうにベンチに帰ってきた。


 これでツーアウト二塁。

 一打勝ち越しのチャンスだ。

 ここでプロ入り初ヒットを打てれば、ヒーローになるかもしれない。

 僕は勇んでバッターボックスに向かおうとした。

 すると肩を叩かれた。

 振り返ると、恩田バッティングコーチだった。

 

「高橋、代打だ。」

 僕は正直な所、声をかけられるまで、自分に代打を送られることは頭になかった。

 そうか。そりゃそうだよな。

 僕はがっかりしながら、ベンチに下がった。

 悔しい。

 だが、冷静に考えると、試合も終盤に入り、ここは何としても点を取りたいところだろう。

 そしてセカンドの控えには名手の飯田選手がいる。

 

「9番、高橋隆に変わりまして、ピンチヒッター、高橋孝。背番号15。」

 観客席が沸いた。

 高橋孝司選手は、大卒2年目であり、昨シーズンは1年目ながら、初夏には一軍に昇格して、代打を中心に40試合に出場し、250を越える打率を残していた。

 今季も20打数6安打と出場機会は多くないが、打率.300を残しており、今や代打の切り札のような存在となっていた。

 

 僕は悔しさを押し殺しながら、ベンチで声を出した。

 それしか今の僕にできることはない。

 しかしながら高橋孝選手は、ツーボール、ツーストライクからの5球目を空振り三振した。

 これで杉澤投手の今日の勝ち投手は無くなった。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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