第45話 出るか?初ヒット
1点ビハインドでワンアウト三塁。
ここは中盤の五回で何としても同点に追いつきたいところだ。
相手も終盤になると、勝ちパターンの投手をつぎ込んでくるだろう。
僕は緊張しつつも冷静になるように、深呼吸をしてバッターボックスに入り、ベンチのサインを見た。
サインは「待て」だった。
ここは相手としてはスクイズを警戒してくる場面である。
つまり初球はボール球から入ってくるのがセオリーだ。
ところが滝田投手の球は、それを嘲笑うかのような、ど真ん中のストレートだった。
僕は表情を変えないように意識しながら、ベンチを見た。
サインは「打て」だった。
2球目は低目へのカットボール。
僕は低いと思って見送った。
「ストライク」
主審の手が上がった。
僕は無表情を装ったが、正直なころ、焦っていた。
これでツーストライク。追い込まれた。
このままでは1番まずいパターンの三振である。
前に転がせば、三塁は俊足の竹下さんだ。
ホームに帰って来てくれるだろう。
何とかバットに当てなければ。
僕は一度、頭の中を整理するために打席を外した。
ベンチのサインは変わらず「打て」だった。
流石にこの場面でスクイズは無いようだ。
次の球はストライクで来るか、ボールで来るか。
普通なら一球外してくるだろうが、相手は経験の浅い僕だ。
三球三振を狙ってくるかもしれない。
僕は開き直った。
次もストライクが来る。
そう思い込むことにした。
ここで1番まずいのは、迷うことだ。一か八かだ。
三振しても良い。悔いが無いようにしよう。
そう思った。
僕のような立場の選手は、今シーズン終了後、クビになるかもしれない。
その場合、これがプロ最終打席になっても不思議でないのだ。
滝田投手はキャッチャーのサインに二度首を振った。
僕は確信した。
やはりここはストライクが来る。
滝田投手は3球目を投げた。
決め球のフォークだった。
ストライクゾーンからボールゾーンに変わる、滝田投手得意の球だ。
僕は夢中でバットを振った。
バットの先に当たった。
ここは右打ちもへったくりもない。
力の無い打球は滝田投手の右側を抜けて、ショートへ転がった。
僕は夢中で走った。
ショートはホームへの返球を諦めて、ファーストに投げてきた。
「アウト」
ホームを見た。
竹下さんが無事、生還していた。
これで同点だ。
ベンチも観客席も沸いていた。
決してスマートなバッティングでは無かった。
しかしながら、最低限の仕事は出来た。
僕にプロ入り初打点がついたのだ。
ベンチに帰ると、竹下さんと杉澤さんが待ち構えており、ハイタッチした。
「まあ、とりあえずよくやった。」
「一応おめでとう。プロ初打点。」
うーん、歯切れの悪い祝福。
谷口は無言でニヤニヤしていた。
1番の新井選手はセンターフライに終わり、五回の裏が終了した。
五回の裏が終わると、グランド整備が行われる。
その間、静岡オーシャンズのイルカを模したマスコットキャラクターである、ドル君とフィンちゃん、オーシャンズのチアガールである、チームオーシャンズが出てきて、パフォーマンスを行う。
僕はその間、ベンチ裏でストレッチをした。
まだ一回しか打球が飛んできていないが、そろそろ来るかもしれない。
もう一度気合を入れ直した。
六回の表、東京チャリオッツの攻撃は、8番の古馬選手からである。
初球のカットボールに手を出し、セカンドに力の無いゴロが来た。
僕はクラブにボールが入る瞬間まで確認し、落ち着いてファーストに送球した。
これでワンアウト。
次は前の打席でセカンドに強いライナーを打った9番の岡谷選手。
ツーボール、ワンストライクからの四球目を芯で捉えた。
打球は僕の方に真っ直ぐ飛んできた。
一か八か。
僕は必死にジャンプした。
またしても上手くグラブの先で掴んだ。
観客が沸いたのが聞こえる。
そして岡谷選手が天を仰いだのが見えた。
彼に取っては2打席連続でヒット性の当たりを僕に捕球された事になる。
これも勝負のあやだろう。
そして1番の境選手はツーボール、ツーストライクからの5球目を引っ張った。
強いゴロが僕のところに飛んできた。
真正面の強い当たりのゴロは、決して簡単では無い。
僕は腰を落とし、体の真正面でボールを受けることを意識して確実に捕球し、一塁に送球した。
これでスリーアウト。
この回は僕が全てのアウトに絡んだ事になる。
まさか、セカンドが穴だからということで狙い打ちされたのではあるまいな。
六回の裏の静岡オーシャンズの攻撃は4番のグッデンにヒットが出たものの無得点に終わり、早くも7回の表、東京チャリオッツのラッキーセブンを迎えた。
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