第43話 プロ初スタメン

 地元のテレビ局の女性アナウンサーの始球式があり、いよいよプレーボールがかかった。

 その瞬間から、球場内を張り詰めた空気が包む。

 僕はセカンドの守備位置で腰を落として、守備体形を取った。

 いよいよだ。


 東京チャリオッツの先頭バッターはセンターの境選手。

 俊足でありながら、パンチ力もあり、守備も上手い。

 ミートするのが上手く、簡単には空振りしない。

 よって必然的に球数が多くなり、四球も多く、出塁率も高い。

 つまりピッチャーにとっては嫌なバッターだ。


 ツーボールから2つファールを取り、平行カウントになった。

 そして5球目はまたしてもファール。

 フォアボールを狙って粘っている、というよりも自分のタイミングを計っているのだろう。


 だが杉澤投手もプロ入り3年目とは言え、すでにプロで二十勝以上勝っているピッチャーだ。

 決め球のスライダーが低目に決まり、見逃しの三振を奪った。


 2番は球界屈指の強打者、サードを守る角選手。

 最近大リーグでは2番に強打者を置くのが、トレンドになっており、東京チャリオッツもそれにならってか、チーム一番の強打者を2番に入れていた。


 角選手は毎年コンスタントにホームランを25本以上打っており、俊足である。

 守備範囲はあまり広くないが、堅実である。

 唯一の欠点は早打ちの傾向があることで、ストライクが来ると初球から振ってくるので、出塁率はそれ程高くない。

 逆に言うと、初球から甘い球は禁物ということだ。


 初球は内角高めのストレートだった。

 カキーン。快音が響き、打球が右中間方向に上がった。

 これは大きい。

 振り返ると、竹下さんが一生懸命打球を追っていた。

 だがフェンス際の赤褐色の土の部分。

 いわゆるアンツーカーと呼ばれる場所で、竹下さんはこちらを向いた。

 そして難なく捕球した。

 意外と伸びなかった。

 きっと杉澤投手の球威が勝ったのだろう。


 3番は新外国人選手で指名打者のデューラー。

 ワンボール、ツーストライクから、外角低目のスライダーで空振りの三振に切って取った。

 三者凡退である。

 僕の所には打球が飛んで来なかった。

 残念なような、ホッとしたような気持ちを感じながらベンチに帰った。


 僕の打順は9番であり、よほどの猛攻にならない限り、回ってくることはないだろう。

 ベンチ裏で次の回の守備に備えて、モニターを見つつ、ストレッチやジャンプをした。


 1回の裏は、2番の但馬選手がヒットを放ったものの、後続が倒れ、0点に終わった。

 

 杉澤投手は2回表も0点に抑え、僕には打球が飛んでこなかった。

 その裏の静岡オーシャンズの攻撃は三者凡退に終わったので、僕の打席は3回の裏に回ってくる。


 3回の表の東京チャリオッツの攻撃は7番からの下位打線である。

 7番はショートの平間選手。

 フルカウントから、低目のチェンジアップにてを出して、ショートゴロ。

 新井選手が難なく捌いて、ワンアウト。


 8番はキャッチャーの古馬選手。強肩でリードにも定評はあるが、打撃はそれ程でもない。

 ノーボール、ツーストライクから、サードにファールフライをうちあげた。

 これでツーアウト。


 9番はライトの岡谷選手。

 左打ちでパンチ力があり、足も速いが、打率はいつも2割台前半である。

 しかし初球が真ん中高めに甘く入り、鋭いライナーが一、二塁間に来た。

 僕は夢中で飛びついた。

 一か八かだ。

 グラブの先にボールを掴んだ感触があった。

「アウト」

 審判のゴールが響き渡った。

 観客の拍手が球場内を包んだ。

 起き上がり、ベンチに帰ると、杉澤さんがベンチ前で待ち構えていた。

「ナイスプレー」

 僕らはグラブでタッチした。

 ふと見ると、彼女が涙ぐみながら、拍手しているのが見えたので、僕は左手を上げた。

 彼女も手を上げて返してくれた。

 その横では妹が下を向いてスマホを見ながら、アイスを食べていた。

 お前は何しに来たんだ。


 さあ、次は僕に打席が回ってくる。

 僕はベンチにグラブを起き、バッティンググローブを付け、ヘルメットを被り、ネクストバッターボックスに入った。

 

 8番打者は谷口だ。

 できれば一塁にだけは出塁はして欲しくないと思ってしまった。塁に出るなら二塁打か三塁打を打ってくれ。

 なぜなら、ノーアウト一塁になれば、間違いなく僕にはバントのサインが出るだろう。


 その願いも空しく、谷口はフォアボールを選んだ。

 ノーアウト一塁だ。

 まあこの場面で送りバントを確実に決めるのもプロとして大事な役割だ。

 僕は打席に向かった。

 

 

 

 


 

 

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