第42話 イキな計らい?
翌日の全体ミーティングで、僕は改めて一軍昇格の挨拶をした。
昨秋に続き、二度目の一軍とあって、僕も少しは勝手がわかってきた。
今日の対戦相手の東京チャリオッツの予告先発は滝田投手。
僕と同じ年にドラフト2位で入団した大卒の投手で、二年目の昨年は一軍で3勝4敗、防御率4.12だった。
今季は開幕から先発ローテーションに入り、1勝2敗の成績を残している。
ミーティングでは監督、コーチからの話に続き、スコアラーから、滝田投手の特徴、球種や球質、狙い球等について、説明があった。
そして、今日のスタメンが告げられた。
先発 杉澤
1番ショート 新井
2番レフト 但馬
3番サード 戸松
4番DH グッデン
5番ファースト 清水
6番キャッチャー 前原
7番センター 竹下
8番ライト 谷口
9番セカンド 高橋隆
ふーん、今日のセカンドのスタメンは高橋さんか…。
あれ?今、高橋隆って言わなかったか?
僕のことじゃないか。
「ということだ、高橋。
失敗を恐れず、思いっきりやれよ。」と君津監督が言った。
僕は正直、いきなりのスタメン出場は全く予想していなかった。
だからとても驚いた。
しかも杉澤さんを初めとして、竹下さん、谷口、僕とドラフト同期が4人もスタメンだ。
何だろう。
急に体が震え、また体中から力が沸いてくるのを感じた。
「はい、精一杯頑張ります。」
「よし、頼むぞ。」
最後に選手会長の戸松選手が大きな声を出した。
「今日は勝つぞ。」
「おー。」
やったぜ。プロ初スタメンだ。
ドラフト同期から4人も出るというのは、きっと君津監督のイキな計らいなのだろう。
試合前のウォーミングアップを終え、バッティング練習の準備をしていると、球場にお客さんが入ってきた。
今日、スタメンと分かっていたら、家族や彼女を呼んだのに。
と思って一塁側のスタンド席を見ていたら、何とベンチ上の最前列に、彼女と母親と妹が並んで座っていた。
何故だ。
予知能力か。
僕と視線が合うと、母親と妹が手を振ってきた。
困ったもんだ。
一応、目立たないように軽く手を振り返した。
でも何でいるんだ?
「ご家族が来ているのか?」と一軍のチーフマネージャーの今田さんが僕の横に来て言った。
「はい。僕が今日スタメンで出ることは知らないはずなのに、何故か来ているんです。」
「そりゃあ、昨日、俺が連絡したからな。」
「え?、どういうことですか。」
「君津監督から、明日の試合スタメンで使うから、ご家族に連絡するように言われたからな。
チケットも俺が手配しておいた。セカンドがよく見える、いい席だろ。感謝しろ。」
「あ、ありがとうございました。」
僕は帽子を取って、頭を下げた。
君津監督、そして今田チーフマネージャーの温かい配慮はとても嬉しかった。
でも、先に言ってくださいよ…。
僕の考えを察知したのか、今田チーフマネージャーが言った。
「君津監督はお前に先にスタメンを告げると、緊張して眠れなくなるのでは、という事で直前に伝えることにしたんだ。
もっとも驚く顔を見て楽しみたいという、あの人の趣味もあるんだろうけどな。」
悪趣味…。
試合前の練習が終わると、各自軽く夕食を取る。
ビュッフェ形式になっており、和洋中多くの品目が並んでいる。
この点でも二軍とは大きな違いだ。
二軍もビュッフェ形式であるが、一軍のそれとは品数も質も大きく異なる。
何を食べようか迷っていると、「腹が減ると、パフォーマンスが落ちるからしっかり食っとけよ。」とファーストの清水さんに言われた。
「あまり食べ過ぎるなよ。」とサードの戸松さん。
うーん、加減が難しい。
とりあえず好物のピザを3ピース食べた。
試合開始、三十分前になると、球場内にスタメンが発表される。
ホームチームは、一人一人ゆっくりと紹介され、その都度、観客の歓声と拍手が起こる。
僕の時はどんな反応が起きるだろう。
僕はベンチでそれを見ていた。
「1番ショート、新井」
「わーっ。」パチパチパチ
そして応援団の太鼓がドンドンドンと鳴り、それぞれの選手個人の応援歌が流れる。
「2番レフト、但馬」
「わーっ。」パチパチパチ
ドンドンドン
………
「8番ライト、谷口」
「わーっ。」パチパチパチ
ドンドンドン
「9番セカンド、高橋隆
シーン…、パチパチ
ドントントン
観客の皆さんも驚いたようだ。
心なしか太鼓の音も小さく感じた。
そして僕はまだ個人の応援歌が無いので、汎用の応援歌が流れた。
いよいよ試合開始時間が近づいてきた。
今日はホームなので、後攻だ。
プレーボール前にポジションにつく際には、サインボールをスタンドに投げ入れることになっており、僕も3球サインを書いて、グラブに入れた。
僕のサインボールを欲しい人がいるかは知らないが。
試合開始前のセレモニーが終わると、ポジションにつく。
一人一人名前を呼ばれてから、ポジションにつくのだ。
「ファースト、清水」、「セカンド、高橋隆」、「ショート、新井」というように。
僕はボールを一塁側のスタンドに投げ入れた。
狙ったわけでは無いが、ベンチ上の3列目くらいに投げたら、妹が立ち上がって手を伸ばしているのが見えた。
僕のサインが欲しければ、家に帰ったら幾らでも書いてやるのに。
そう思いながら、セカンドのポジションについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます