第41話 良い意味での一軍昇格?

 トーマス・ローリー選手の替わりに一軍に上がるのは誰だろう。

 僕か内沢さんのどちらかではないだろうか。

 期待せずにはいられなかった。

 そして明くる日、練習前に検見川監督に呼ばれた。

 

「知っていると思うが、トーマスが肉離れで二軍落ちした。

 しばらく安静にする必要はあるが、長くはかからないだろう。そこでだ。」と検見川監督は言葉を切った。


「一軍から、誰か一人内野手を上に上げてくれと言われた。

 トーマスの代わりなら、長打力がある内沢が、まず頭に浮かんだ。

 だが一軍は現在、5位と苦戦しており、内沢は長打力はあるが、安定感が無い。

 ここは起爆剤が欲しいところだ。」

 検見川監督は僕の肩をポンと叩いた。

「だから、ミスしてもいいから、上で思いっきり暴れてきてくれ。」

 それは、つまり一軍昇格ということか?

 僕は嬉しさがこみ上げてきた。

「はい。目一杯、暴れてきます。」

「いいか、お前に期待しているのは雰囲気を変えるプレーだ。

 決してミスを恐れるな。

 お前の取り柄は、良い意味でバカで無神経で、無鉄砲なところだ。

 幾らサインが出ても、その通りにホームスチールをやるバカはそうはいない。

 その持ち味を充分に発揮してくれ」

「はいっ。頑張ってきます。」

 ん?

 バカで、無神経で、無鉄砲?

 これは褒められたのか?

「良い意味で」という言葉を付けると、悪口が褒め言葉のように聞こえるのか。

 便利な言葉だ。よし今度、三田村に言ってやろう。

「良い意味で、アホでノー天気で無神経でお寝坊さん」とな。


 何はともあれ、一軍昇格は嬉しい。

 一軍登録一日当たり、7万円ちょっともらえるし。

 (僕の場合は一日当たり、一軍最低年俸の1,600万円と年俸500万円の差額1,100万円を150日で割った金額がもらえる。)


 僕は早速荷物の準備をし、喜び勇んで、駿河オーシャンスタジアムに向かった。

 今日は一軍は移動日で、明日からホームの駿河オーシャンスタジアムで、東京チャリオッツ戦だ。

 寮から駿河オーシャンスタジアムまでは、結構距離があるので、今日は球場近くのホテル泊まりだ。

 二軍の泊まるホテルは、ビジネスホテルが多いが、用意してくれたホテルは、何と入団前に会食したあの一流ホテルだ。

(あの時は妹が粗相をし、恥ずかしかったが。)


 球場に着くと、チームスタッフに混ざって杉澤さんがいた。

 「よお、また来たな。今度こそ下に落ちるなよ。」と僕の顔を見るなり、声をかけてくれた。

 どうやらチームメイトは昨日試合が行われた、四国の徳島から移動中だが、杉澤さんは明日先発予定のため、先に静岡に戻り、調整をしていたということだ。

 

「杉澤さん完封勝利、おめでとうございます。」

「おお、見てくれていたか。」

「はい。最後まで球威も衰えなくて、凄かったです。」

「いやいや、最後は流石にかなりバテたぞ。

 でもやっぱり嬉しいもんだな。」

 杉澤さんは、一昨年7勝、昨年11勝を上げており、完投は何度かあったが、完封はこれまで無かった。

 だが先週の泉州ブラックス戦(洒落ではありません)で、強力打線を相手に9回を投げて、被安打3でプロ入り初完封を成し遂げたのだ。

 ちなみに杉澤さんはここまで4勝(1敗)を上げており、今や押しも押されもせぬ、静岡オーシャンズのエースとなっていた。

 

「隆、お前、明日スタメンあるかもな。」

「流石に上がったばかりですので…。」

「いやいや、ここ最近3連敗でチームの雰囲気も悪くなっていているし、元気な奴を入れて活性化したいという思惑もあるんじゃないか。

 吉と出るか凶とでるかは知らんが。」

「でも、もし杉澤さんのバックで守れたら嬉しいです。」

「そうだな。その場合は、エラーしても良いから、思い切ったプレーしてくれよ。」

「はい、頑張ります。」

 

 そうしているうちに、何人かの選手が球場に姿を現した。

 この日は移動日のため、全体練習は無いが、調整や特打のため、自主的に球場に来たのだろう。

 

 すると、いきなり背中に何か堅い物の感触を受けた。

 痛くは無いが、振り向くと谷口がバットの先で僕の背中をグリグリとしていた。

「よお。出稼ぎか。」

「おお、妹の予備校代稼ぎに来たぜ。

 そう言えば初ホームラン、おめでとう。

 ミムが言っていたぜ。今度、お祝いしようって、お前の奢りで。」

 谷口は先週の試合で、プロ3年目にして初めてのホームランを打ったのだ。

 しかも決勝点になり、ヒーローインタビューまで受けていた。

「何で俺の祝いに、俺が金を出すんだ。お前らが奢れ。」

「良いのか?、ミムに任せると、ハンバーガーとシェイクで乾杯することになるぜ。」

 三田村はハンバーガーが大好物であり、毎日でも飽きないそうだ。

 休みの日は嬉しそうに、ハンバーガーショップのハシゴをしている。

 そういう点ではアメリカのマイナーリーグ向きかもしれない。


「しかし、俺らも3年目だからな。そろそろ一軍で爪痕残さないとな。」

 僕と谷口はバッティングマシーンで打ち込んだ後、スポーツドリンクを片手に、ベンチに座っていた。

「そうだな。過去には高卒でも三、四年でクビになった人もいるしな。」

「今年はチャンスかもしれないぞ。トーマスはあまり調子よくないし、飯田さんは元々守備の人だろう。

 誉田さんは怪我してるし、セカンドは今、カッチリとしたレギュラーが決まってないだろう。

 だからチャンスだぞ。」

「そうだな。このチャンスをものにしないとな。」

 プロの世界はチャンスは何度も来ないと聞いている。

 確かにこのチャンスに一軍定着したいものだ。



 

 

 

 

 

 

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