第37話 球春到来と二軍のライバル

 いよいよ一軍はオープン戦、二軍は春期教育リーグが始まった。

 足立も二軍に落ちてきたので、セカンドは僕と足立と内沢選手の三つ巴の争いだ。

 

 内沢選手は四年前のドラフト1位であり、3球団競合の上、抽選を経て入団し、高卒ながら契約金を一億円もらった、期待の選手である。

 身長180㎝で、俊足でありながら、甲子園で2打席連続ホームランを打つなど、パワーもある。

 ピッチャーもやっていたので、肩も強い。

 ついでに我も強く、強気な発言も多く、入団時の記者会見で初年度から新人王どころか打撃タイトルを狙うと宣言するなど、ビッグマウスと言われていた。

 

 実際、高卒一年目の初年度から二軍の開幕スタメンに名を連ね、開幕2戦目にいきなりサヨナラホームランを打つなど、当初は期待に違わぬ活躍をした。

 だが弱点を執拗に攻められ、やがて30打席ノーヒットも経験し、結局一年目は、二軍で75試合に出場し、打率.205、ホームラン3本に留まった。

 

 二年目も期待の若手として、英才教育を受け、シーズン終盤に一軍デビューし、20試合に出場し、ホームランを3本打った。


 そして三年目の昨年は一軍と二軍を3回ほど行き来し、一軍では30試合の出場で、打率.091でホームラン0本と伸び悩んでいた。

 高卒の野手を育てるには時間がかかるので、チームとしては辛抱強く育てようとしているが、本人は今の状況に苛立っているようだ。

 

 今季も二軍に落ちてきてから、相当モチベーションが下がっているようで、凡退したり、エラーすると不貞腐れたような顔を見せることが多い。

 キャンプの休みにはいつも朝から出かけて、門限近くまで帰ってこない。

 帰ってくると、いつも高級ブランドの買い物袋をぶら下げている。

 同じ高卒入団でも、やっぱりスター候補は入ってくるお金が違うんだろうな、と僕は半ば羨望の目でそれを見ていた。


 ある日の夜、僕が寮のトレーニング室でバーベルを使ったスクワットをしていると、酒でも飲んで来たのか、赤い顔した内沢選手が入ってきた。

「よお」

「あ、お疲れ様です。」

「別に疲れてねえよ。嫌みか?」

 いきなり言葉にトゲがある。

「いえ、そんなつもりは。」

「ふん。相変わらず見せ練習頑張っているな。」

「何ですか、見せ練習って」

「監督とかコーチにアピールするための練習の事だ。

 気に入られて試合に使ってもらおうっていうやつだ。」

「僕はそんな事、考えていませんけど。」

「ふん。どうだか。」

 僕は自分は決して気が短い方だとは思わないが、さすがにその言葉にムッとした。

「どういう意味ですか。」

「あん、そういう意味だよ。」

 僕はバーベルを置いた。努めて冷静な口調で言った。

「喧嘩売っているんですか。」

「てめえ、先輩に何だその口の利き方は。」

 僕はそこで1回深呼吸した。

「もうやめましょう。くだらない。」

「くだらないとはなんだ。この野郎。」と内沢選手が一歩近づいてきた。

「内沢さん、酔っていますよね。やるなら素面の時にやりましょうよ。俺はいつでも受けて立ちますよ。」

「この野郎。」と内沢選手が僕の胸ぐらを掴んだ。

「俺、喧嘩弱くはないですよ」

 内沢選手は少し怯んだ。

 

 その時、丁度、谷口が入ってきた。

「ちぃーっす。え、何しているんですか。」

「どうもこうもねぇよ。こいつが生意気な事を言うから、先輩として指導してやっているんだ。」

 僕は黙って、内沢選手の顔を睨んでいた。

 内沢選手は手を離した。

「ふん。くだらねぇ。

 おい、谷口。同期としてこいつに社会常識ってやつを教えとけや。」と言いながら、部屋を出て行った。

 

「何があったんだ。」

「俺もよく分からん。急に絡んできた。」

「ふーん。きっとストレスがたまっているんだろうな。」

「ストレス?」

「ああ、内沢さんはドラフト1位で、凄く期待されて入ってきただろう。

 だが中々成績を残せなくて、最近はチャンスも減ってきているだろう。

 だからやる気を無くしているようだ。」

 確かに春期教育リーグでも、あまり良い数字を残せていない。

「だからライバルである、お前に当たったんだろう。」

「そんな暇あれば練習すれば良いのにな。」

「俺もそう思う。まあ、気にするな。」

 そう言って、谷口は僕の肩をポンと叩き、筋トレを始めた。


 翌日の試合、セカンドのスタメンは僕だった。

 4打数2安打、盗塁1。

 5回あった守備機会も無難にこなした。

 最近はただ数字を追うのでは無く、自分のバッティングをすることを心がけでいる。

 二軍とは言え、プロの投手は一人一人、コースに決まればまず打たれないという得意球を持っている。

 だから相手ピッチャー一人一人の得意な球を頭に入れ、状況に応じたバッティングを意識している。

 最初は中々数字が付いてこなかったが、最近は打率も上がってきた。

 守備でも相手打者、状況に応じてポジションニングを変え、時に裏をかかれることはあるが、一球一球、考えながら野球をしている。


 オープン戦も残り数試合になった頃、僕は谷津コーチ呼ばれた。

「今日は何で呼ばれたか、わかるか。」

「一軍昇格ですか。」

 谷津コーチはつまらなそうに、「ちぇっ、何で分かった。折角、驚かせて喜ぶ顔を見ようと思ったのに。」と言った。

「いやぁ、そろそろかなと思っていました。」

 谷津コーチはニャリと笑って、「いいぞ。そういう意識。

 プロでやる以上、我が強いのも大事だ。

 まあ内沢みたいに、変に強すぎるのも困るけどな。」

「内沢さんは今回は上がらないんですか。」

「お前も分かっているだろう。あいつはモチベーションが下がっている。

 なまじ人一倍の才能があって、高校時代までスター扱いだったから、プロの壁に苦しんでいるんだろう。

 良かったな。お前は才能も華も無くて。心置きなく練習に専念できるだろう。」

 それはどう解釈したら良いのか。

 まあとにかく、一軍昇格は嬉しい。

 

 僕は早速ロッカー室に行き、荷物をまとめた。

 そして大きな荷物をぶら下げて、廊下を歩いていると内沢選手が向こうから来た。

 あれ以来、僕は口をきいていないが、すれ違うときに頭を下げた。

 内沢選手は僕をジロッと一瞥したが、無言でロッカールームに入っていった。


 一軍は今日は札幌で札幌ホワイトベアーズ戦だ。

 僕は飛行機で北海道入りした。

 

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