第36話 一枚の絵葉書

 キャンプも終盤になり、いよいよ来週からは、一軍はオープン戦、二軍は春期教育リーグが始まる。

 僕は相変わらず、二軍キャンプのままであり、足立は一軍キャンプから中々落ちてこなかった。

 と言っても足立が紅白戦で良い成績を残している訳ではない。

 打率は一割台で、ほぼ毎試合エラーをしているようだ。

 それに比べて、僕は打率は三割を大きく上回り、守備も安定している。

 練習だって一生懸命やっている。

 なぜ僕が二軍で足立が一軍なのだ?

 プロは実力の世界では無いのか?

 こんな理不尽がまかり通って良いのか。

 僕は自分の野球に対する気持ちが、冷めつつあるのを感じていた。


 そんなある日の事である。

 練習から帰ると、宿泊先のホテルのフロントから、僕宛に絵葉書が届いていると連絡が来た。

 誰がわざわざキャンプ先のホテルまで送ってきたのだろう。

 もしかして彼女か?

 期待して絵葉書を受け取ると、山城元コーチからだった。期待して損した。

 裏には夕暮れのオーストラリアの海岸で、山城元コーチの家族がポーズを取っている写真が載っていた。

 とても綺麗な奥さんと、小学生の娘さんと息子さんも日焼けした山城元コーチと一緒に写っていた。

 これを見て僕は思った。

 お子さんは奥さん似で良かったと。

 特に娘さんが山城元コーチの顔に似ていたら悲劇である。

 しかし何でこんな絵葉書をわざわざ宿泊先まで送りつけてきたんだ。新手の嫌がらせか。

 お前が二軍で土にまみれている間、俺はオーストラリアだぜ、羨ましいだろ、みたいな。

 

 僕は絵葉書を部屋に備え付けの机の引き出しにしまおうとして、住所の下に一言だけ言葉が書いているのに気づいた。

 そこには「俺の最後の教えを思い出せ」とだけ書かれていた。

 何のこっちゃ。

 僕は葉書を引き出しにしまい、夕食会場に向かった。

 歩きながら、山城元コーチは最後に何を言ったか思い出そうとした。


 あの時、山城元コーチは確かこう言ったはずだ。

「俺が大成できなかったのは、やっぱり努力が足りなかったのかと今なら思う。

 もちろん、俺なりに努力はした。誰よりも先に球場に入って練習したし、それこそ素振りは手とバットが離れなくなるくらいまでやった。

 だがな、努力は時間ではないんだ。

 どうしたらプロとして必要な能力を高められるか、チームから自分に求められていることは何か、そしてそのために必要な練習は何か、自分で考えて実行すること。それがプロとしての努力だと俺は思う。」

 

 うーん。それと今の僕がどう関係あるんだろう。

 僕だってチームのためにどうしたら貢献できるか考えながら打席に立っているつもりだ。

 つもり?

 僕はその言葉に引っかかりを感じた。

 確か谷津コーチも「つもり、だろう」と言っていた。

 もしかして、僕がこうありたいと思っていた事が、プレーに反映されていなかったのではないか。

 少なくとも周りには伝わっていなかったのではないか。

 

 僕は自問自答した。

 最近、自分は1打席1打席課題を持って打席に入っていたか。

 その結果としての二軍の紅白戦の打率三割だったか。

 二軍の投手の球は一軍のそれとは段違いに打ちやすい。

 だから守備位置を見て、打ち返せばヒットゾ ーンに飛ぶこともある。

 また軽くショート方向に転がせば、内野安打になることもある。


 盗塁もそうだ。

 ただ隙をついて、漫然と走っていなかったか。

 確かに一軍選手に比べ、二軍の投手のクイックは上手くないし、捕手の送球精度も劣る。

 そんな中で盗塁を決めて、一軍のヒリヒリとした緊張感の中で盗塁するのと比較できるのか。

 しかも僕は一軍2試合目で牽制死している。


 思えば、僕は去年の今頃はひたすら右打ちを意識していた。

 打率は上がらなかったが、コーチは満足そうに肯いていた。

 そう考えると、足立は数字は悪いが、ひたすら自分のスイングをしていたのではないか。

 もしかして、谷津コーチが言いたかったのはそういうことではないか。

 僕は去年一軍を経験したことで、とにかく数字を残したいと思っていた。

 だが二軍でいくら良い数字を残しても、一軍に貢献できなければ意味は無い。

 例えば、谷口は二軍では入団から二年連続でホームランを20本前後打っている。

 だが谷口の年俸はアップはしていない。

 そして谷口はいつも呆れるくらい必死に練習に取り組んでいるが、二軍でホームランを打ってもニコリともしない。

 

 ふと以前、プロ野球中継で有名な野球解説者が言っていたことを思い出した。

「二軍でホームランを何本打っても、一軍での送りバント1つよりも価値がない」と。


 正直、まだ自分の中で腹落ちはしていない。

 だが明日からは1打席1打席、課題を持って打席に入ろう。そして1打席1打席を大事にすることから始めようとは思った。

 

 

 

 

 

 

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