第35話 キャンプインと一軍昇格?

 プロ入り三度目のキャンプが始まった。

 今年も僕は二軍スタートだった。

 二遊間のライバルは多い。


 セカンドのレギュラー候補筆頭は、外国人のトーマス・ローリー選手。

 昨季は打率.283、ホームラン21本、打点75で主軸としての期待に答えた。

 また四年前のドラフト1位の内沢選手、ベテランで今年37歳になる誉田選手、鉄壁の守備が売りの32歳の飯田選手、そして高卒二年目の足立、そして将来の主力かつスター候補(異論は認めません)の僕の6人がセカンドのポジションを争っている。


 守備では飯田選手、誉田選手の次には位置していると思うし、足の速さでは一番だと思う。

 だがやはり課題はバッティングだ。

 現状、6人の中で一番劣っていると言えるだろう。

 

 じゃあショートはどうかと言うと、大卒二年目の新井選手がレギュラー候補筆頭だ。

 昨季は新人ながら、125試合に出場、.269、ホームラン14本で、惜しくも新人王は逃したものの、特別賞を受賞した。

 これをプロ12年目の勝山選手と大卒4年目の野田選手が追っており、他にも大卒二年目と高卒三年目の選手もおり、やはり激しい争いだ。

 改めて、プロで試合に出るのは大変な事だと思う。


 二軍の紅白戦では僕と足立がセカンドのスタメン出場する事が多い。

 トーマス・ローリー選手、誉田選手、飯田選手、内沢選手は一軍のキャンプに参加している。

 足立にはパワーは適わないが、守備と足は僕の方が上だ。

 僕は紅白戦とは言え、今日までで10試合の出場で40打数12安打と打率.300、盗塁5の成績を残している。

 足立はホームランこそ2本放ったが、打率は1割台であり、現時点では僕の方が先行していると言えた。


 そしてキャンプも中盤になったある日、一軍では誉田選手が怪我し、また内沢選手が不調により、二軍に落ちて来ることになった。

 ということは僕にチャンスが巡ってくるはずだ。


 そして翌日の朝の練習前、谷津コーチにコーチ室に呼ばれた。

「何で呼ばれたかわかるか?」

「いえ、わかりません。」と答えた。

 だが僕にはわかっていた。

 一軍に合流だろう。

 

「一軍昇格が決まった。」

「はい。」僕は大きく肯いた。

 よし、ようやくチャンスがやってきた。

「足立がな。」

 え?足立?

 どういうことだろう。

「何でかわかるか?」

 僕は頭が真っ白になっていた。

 意味がわからない。

 

「足立に一軍を経験させて、今後に活かしてもらうためですか。」

「それもある。だがハッキリいうと消去法だ。」

「どういうことでしょうか。」

 僕はその意味がよくわからなかった。

 いや、消去法という言葉の意味は知っている。

 わからないのは、なぜ一軍昇格が僕じゃないのかという事だ。

 

「お前は何で自分じゃないのか、と思っただろう。」

 僕の考えていることを見透かしたように、谷津コーチはそう言った。

「俺が足立を推薦した。何故かわかるか。」

 僕は黙り込んだ。

 何故だ。プロは実力の世界では無いのか?

 

 谷津コーチは言った。

「はっきり言ってやろう。最近のお前は、かってのようなガツガツとした姿を見せなくなった。

 一軍を経験して、変な余裕がでているように見える。

 それでは二軍では打てても一軍では通用しない。

 お前のような経験が浅い選手は、一軍では実力以上のものを出す必要がある。

 一球一球、これを逃すと最後、という気持ちでやらないと実力以上のものは出せない。

 そういう意味では今のお前よりも、足立の方が、ギラギラしている。

 足立はおまえよりも総合力は劣るが、何かやってくれそうな雰囲気を感じる。

 だから俺は今回、足立を推薦した。」

 僕はムッとした。

 僕は一球一球、それこそ後がないつもりで必死にやっているつもりだ。

 僕の何が分かるのだ。

 

「今お前は、俺がお前の何が分かるのだ、と思っているだろう。」

「いえ、そんな事は思っていません。」

 僕は平静を装ってそう答えた。

「いや、俺にはわかるさ。お前の顔にそう書いてある。」


 僕は言った。

「じゃあ申し上げますが、足立の方よりも僕の方が数字を残していますし、練習だって僕は足立に負けないくらい必死にやっているつもりです。」

「つもり、だろう。

 お前も心の奥底では分かっているはずだ。

 お前は精一杯出し切っていない。

 TK組を二年連続で経験し、プロの練習に慣れ、お前は自分の気づかないところで慢心が出ている。

 話はこれで終わりだ。あとは自分で考えろ。」と谷津コーチは言い残して、クルッと背中を向けた。

 

 僕はコーチ室を出た。

 正直、腹立たしかった。

 贔屓か。

 足立は素直で純朴な男である。

 練習でも試合でも、いつでも大きな声を張り上げている。

 大きな声を出せればいいのか。

 そうすればコーチに気に入られて、贔屓をされるのか。馬鹿らしい。

 僕は練習場に戻った。

 今日の紅白戦もスタメン予定だ。


 僕はその日の紅白戦で、4打数4安打し、盗塁も3つ決めた。

 ちなみに二軍に落ちてきた内沢選手は、サードで出場し、4打数無安打で、3三振だった。

 これでも僕の方が足立よりも下か?

 僕はベンチでスコアブックを眺めている谷津コーチの方を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る