第34話 思わぬ再会

 青い空と海。今年もやってきたぜ、沖縄。

 すっきりと晴れた空を見ていると、こんな所で野球をやれる幸せをひしひしと感じる。

 さあ今シーズンもいよいよ始まる。

 キャンプ初日の朝、僕は6:00前に目が覚めた。

 朝の散歩は7:00からなので、二度寝するには時間が短い。

 仕方が無いので、ベッドから起きて、ジャージーとサンダル姿でホテルから近くにある海岸に行ってみることにした。

 沖縄と言えど、朝は少し空気がひんやりしている。まあ眠気覚ましには丁度良いか。

 

 ホテルのすぐ裏は海岸である。

 海岸に着くと、ピンクのジャージーを来た、見るからにアスリート体型の若い男が波打ち際に立って、沖の方をじっと見ていた。

 やがてクルッと向きを変え、僕の方に歩いてきた。

 胸に桃のワッペンが貼ってある。変なの。

 うーん、どこかで見たことがあるような気がする。

 誰だろう。

 ちょっと思い出せなかった。


 近くまで来て、僕に気がついたようで、相手が会釈をしてきた。

 細身で僕よりも少し背が高いように見える。

 うーん、誰だっけ。


「静岡オーシャンズの高橋選手ですよね。」と声をかけられた。

 僕の事を知っている。

 もしかして静岡オーシャンズのファンか。

 熱心なファンの中には、応援するチームのキャンプ地を訪れる方もいる。

 

「はい、そうですが。」

「お久しぶりです。静岡オーシャンズもこの辺のホテルなんですね。」

 お久しぶり?

 静岡オーシャンズも?

 ということはプロ野球関係者か。

「すみません。どこかでお会いした記憶があるのですが、どなたか思い出せなくて。」

 僕は正直に答えた。

「あ、そういえば話したのは初めてですね。

 僕は八橋高校出身で、岡山ハイパーズの五香です。高校時代に対戦しましたよね。」

 岡山ハイパーズ…。五香…。

 あっ。思い出した。

 県の地区予選で山崎から2本のホームランを打って、確か岡山ハイパーズからドラフト9位で指名されたはずだ。

 

「思い出しました。すみません直ぐに思い出せなくて。」

「いえいえ、一度しか対戦して無いですし、プロに入ってからも静岡オーシャンズとは二軍もリーグが違うので、こうやって話したのは初めてですよね。」

「岡山ハイパーズもこの辺のホテルですか。」

「はい、ここから歩いて5分程の沖縄サンライズホテルです。

 しかし嬉しいな。こんな所で高橋さんに会えるなんて。」

「同じ歳だし、タメ口で話しませんか。」

「ははっ。確かにそうですね。

 いゃあ思い出すなぁ。

 あの試合は僕に取って野球人生のターニングポイントになった試合だったんですよ。

 あの時まで僕は全くの無名で、プロに入るなんて微塵も考えていなかったのが、あれをきっかけでスカウトの方に注目して頂き、ドラフト指名されたんで。」

 確かにあの試合は、山崎と平井目当てにプロのスカウトが多く来ていた。

 その中で、プロ注目の山崎から五香選手が打った、2本のホームランはとてもインパクトがあった。

 

「あの時はピッチャーだったけど、今はポジションは?」

「今はまあ、二刀流をやらせてもらっています。

 まあ二軍でも中々数字が残せていないけど。」


 後から確認したら、五香選手の二軍成績は投手としては15試合に登板して、1勝5敗、防御率6.75、打者としては指名打者を中心に27試合に出場して、打率.197 2ホームランだった。

 

「でも山崎君は凄いね。高卒二年目で一軍で8勝って。」

「まあ、あいつは才能だけで野球やっていたんだけど、君に打たれてからよほど悔しかったみたいで、生まれ変わったように練習するようになったからね。

 性格悪いのは治らなかったけど。」

「そういう意味では、あの試合は山崎君にとってもターニングポイントだったんだな。」

「そういえば、あいつ最近ジャガー買いやがったんだ。京阪ジャガーズだからか知らんけど。

 鼻につくから、こないだ平井とバックドアのガラスに、静岡オーシャンズと熊本ファイアーズのステッカーを貼ってやった。

 あいつはまだ気づいていないけど。」

「ははは、プロに入ってもまだ交流あるのはいいね。」

「まあ腐れ縁だね。」

「ははははは。おっと。そろそろ戻らないと。うちのチームは6:30から散歩なんだ。」と五香選手は時計を見た。

「ああ、そうか。じゃあまた。」

「今度飯でも食いに行こう。じゃあまた。」と言って、五香選手は去って行った。

 まさかプロの世界で会うことになるとは、あの試合の時は思いもしなかった。

 いつか一軍の舞台で、また対戦できればいいな。

 五香選手の後ろ姿を見送りながら、そう思った。 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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