3年目 激動のシーズン

第33話 アメリカンノックと臨時コーチ?

 今年は元旦は彼女と初詣に行き、そのまま静岡に帰った。

 寮は食事は無いものの、元旦から入ることは出来る。

 早速グランドに出ると、谷口が既にランニングしていた。

「よお、今年もよろしく。」と谷口が僕に気づき、近づいてきた。

「おお、こちらこそよろしく。」


 僕らは早速キャッチボールを始めた。

 谷口は今年も別のチームの一流選手の海外自主トレ(何とアメリカのフロリダ)に誘われたが、断ったらしい。

 かかる経費もその選手が持ってくれるそうだが、谷口に取っては昨年の練習内容が物足りなかったらしい。

 相変わらずストイックな奴だ。

 僕なら尻尾を振って付いていくが。

 

 二日目からは竹下さん、原谷さんが合流し、今年も同期組による自主トレが始まった。

 ちなみに杉澤さんはオーストラリアで、山崎はハワイで自主トレだそうだ。

 正直、羨ましい。

 

 三田村も二日目に寮に戻って来たが、故障明けなので、焦らない事が重要だ。

 三田村が言うには、肩の故障からの復活は、トランプタワーを作るのに近いらしい。

 少しずつ少しずつ慎重に積み重ねていても、無理したら一瞬で崩れる。

 そうしたらまた最初からやり直しだ。

 少しずつ可動域を広げ、少しずつ投げる距離を長くしていく。忍耐が必要だ。


 僕らの自主トレに今年は足立など、高卒二年目の選手が三人加わってきた。

 秋季キャンプのTK組メンバーだ。何故か僕を慕ってきて一緒にやることになった。

 特に足立は同じポジションを争うライバルだが、まあ慕われて悪い気はしない。

 足立の他は、外野手の常盤と捕手の牧原だ。

 常盤は身長は170㎝そこそこだか、体型に似合わず強打が自慢であり、牧原は大柄で強肩である。

 それぞれ谷口、原谷さんとセールスポイントが被るが、一緒にやることによって、お互いを高め合えればチームに取ってもプラスとなるだろう。


 自主トレは最初は軽く体をほぐすところから始まるが、やがて強度の高い練習もやる。

 その1つがアメリカンノック。

 例えば守る人はライトにいて、ノッカーはレフトに打ち上げる。

 守る人は長い距離を全力疾走してギリギリのところで捕球する。

 そしてノッカーは次はライト方向に打ち上げる。

 そしてまたギリギリのところで捕球する。

 これを繰り返すのだ。

 外野手の守備練習にもなるが、下半身強化が主目的である。

 よって内野手の僕と足立、捕手の原谷さんと牧原も参加した。

 これが本当にきつい。

 直ぐに足がパンパンになった。

 だが本当にきついのはこれからだった。


 1月には3連休があるが、僕らは4勤1休のペースで練習していたので、カレンダーとはあまり関係がない。

 その日の前日は休みだったので、僕は元気一杯でグランドに入った。

 するとジャージーを着た変な男がホームベース付近でノックバットを持って立っていた。

 誰だろう。

「これこれ部外者は立ち入り禁止ですよ。」と言いかけて、それが誰かわかってしまった。

 僕はそのまま180度回転し、寮に戻ろうかと思った。


「よお、愛弟子。少しは成長したか。」

 山城元コーチだった。

「こんなところで何しているんですか。僕のサインが欲しかったら、練習が終わるまで待っててくださいね。」

「バカ野郎。お前のサインなんて、うちの息子の落書きよりも価値がない。」

「いつか価値がでるかも知れませんよ。」

「それはいつだ。俺が生きている間ではないだろう。」

 可愛い弟子にひどいことを。

 

「でも何でここにいるんです。

 部外者は立ち入り禁止ですよ。」

「大丈夫だ。球団には許可を取った。3連休暇だから、ストレス解消、もとい愛弟子の成長具合を確認に来てやった。」

 それはそれは。大変ありがとうございやす。


「あれ? 山城さんじゃないですか。お久しぶりです。」と谷口がやってきた。

「おお、元気だったか。また一回り大きくなったな。」

 谷口は入団時はスラッガーとしてはほっそりとしていたが、食事量も多く、筋トレも毎日するので昔に比べると筋肉の鎧を纏ったような体型になっていた。

「今日から三日間も練習の手伝いをして頂けるんですか。お忙しい中、ありがとうございます。」と目を輝かせて言った。

 おいおい、君は演技がうまいね。まさか本心で喜んでいるんけじゃないよね。

 本心?

 君は〇ゾか。

 この人は、サ〇なんだよ。

 三日間もこの人のノックを受けたら、地獄を見るよ。

 

 ということで僕らは、この三日間、みっちりノックを受けることができ、お屠蘇気分も直ぐに吹っ飛んでしまった。

 特に足立、常盤、牧原の三人はTK組できつい練習は経験済なのに、相当へばっていた。

 少しは僕も体力がついたということか。 


 とは言え山城さん、休みを潰してまで僕らの練習に付き合ってくれてどうもありがとうございました。

 面と向かっては照れくさくて言えないので、この場を借りて御礼を言わせて頂く。


 そうこうしているうちに、1月も下旬となり、また春季キャンプの季節がやっていた。

 

 

  

 

 

 

 

 

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